"27年目、妻は食卓を捨てた" 第8話
孝志は最初、「そこまでしなくても」と抵抗した。
しかし美子はにならず、「へ戻らない以、夫婦という形だけ残すはありません」と答えた。
もう脅しも、説得も通用しなかった。
経済に妻を縛れるとっていた男は、妻がで暮らす部も仕事も座もに入れたあとになって初めて、自分が夫として必とされる努力を何つしてこなかったことへ気づいた。
美子がをて数かが過ぎた。
婚の続きもみ、松井では「母が戻ってくるかもしれない」という期待をにする者はいなくなった。活そのものは何とか回るようになったが、以のように族全員が卓へ集まる回数は減り、それぞれ自分で事を済ませるが増えていった。
そので、番きく変わったのは彩佳だった。
仕事からく帰れた夜、彩佳は台所へつようになった。最初は包丁を持つも危なっかしく、噌汁は濃すぎたりすぎたりした。母のノートにいてあったトマトスープを再現しようとしても、何度作っても記憶にある優しいにはならなかった。
「ご飯作るのって、こんなにかかるんだ」
で野菜を切りながら、何度もった。
母はこれを5分、それぞれの好みや体調まで変えて作っていた。
しかもパートから帰ってきたに。
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自分が仕事で疲れてソファへ倒れ込んでいた夜も、母は同じように疲れていたのだ。
ある、彩佳は指先をし切った。した傷ではなかったが、絆創膏を貼りながら、母のに細かな傷や切り傷がいくつもあったことをいした。
度も「丈夫?」と聞いたことがなかった。
その夜、彩佳は声をげずに泣いた。
悔しても、過は戻らない。
母に「ありがとう」と言わなかった卓へ戻ることもできない。
だから彩佳は、今できることをつだけやろうと考えた。
休の朝、めに起きて米を炊いた。
慣れないで塩加減を確かめ、つのおにぎりを作った。形はいびつで、苔もうまく巻けなかったが、何度も握り直すうちに米がし固くなってしまった。
それでも、さな弁当箱へ入れた。
美子へ連絡すると、し驚きながらも会うことを承してくれた。
しいアパートを訪ねると、母は以よりし痩せていたが、顔はるかった。
「仕事、変じゃない?」
「忙しいけど楽しいわよ。みんなで相談しながら作るから、ででやってたより気持ちは楽かもしれない」
彩佳はその言葉に胸が痛んだ。
庭は本来、母が全部背負う所ではなかった。
「お父さんたちは?」
「何とかやってる。おばあちゃんも自分で薬を管理するようになったし、翔太兄ちゃんも洗濯できるようになった」
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美子は微笑んだ。
「それならよかった」
責める言葉はなかった。
そのことがかえって彩佳には苦しかった。
しばらくして、彩佳は膝のの包みをテーブルへ置いた。
「あのね、お母さん。これ、作ってきたの」
弁当箱をく。
格好なおにぎりがつ並んでいる。
「まだ全然料理できないんだけど……お母さんにべてもらいたくて」
美子は驚いたように目を見いた。
彩佳は母の顔を見ながら、ずっと言えなかった言葉をにした。
「お母さん、今までご飯作ってくれて、本当にありがとう」
彩佳の目から涙がこぼれた。
「ノートを読んで、料理も自分でしてみて、やっと分かった。お母さんが毎やってくれてたこと、全然当たりじゃなかった。私たち、何も見てなくて本当にごめんなさい」
美子はしばらく娘の顔を見つめていた。
27の傷が、その言ですべて消えるわけではない。
無関だった々も、孝志から言われた言葉も、加代のさな嫌も、なかったことにはできない。
それでも、娘が自分のを振り返り、自分ので何かを作ってここまで来たことは、美子には分伝わった。
「つ、いただいていい?」
「うん」
美子はおにぎりをに取り、かじった。
ご飯はし固く、塩もしかった。
苔も端が浮いている。
けれど、とても温かかった。
「おいしい」
美子が言うと、彩佳は泣きながら笑った。
「本当?」
「本当よ」
「お母さん、優しいからなあ」
「し塩はいけどね」