"27年目、妻は食卓を捨てた" 第1話
「……もう、必ないのね」
誰にも聞こえないほどさな声だった。リビングではテレビのバラエティ番組がきな笑い声をげ、夫の孝志が持つスマートフォンからは何度も通音が鳴っている。27、毎欠かさず族のためにえてきた卓が終わった瞬は、驚くほど静かだった。
そのの夕も、いつもと何つ変わらなかった。夫には好物のカレイの煮つけ、79歳の義母・加代には歯がくてもべられるよう柔らかく炊いた根、26歳の男・翔太には疲れが残らないようニンニクをし利かせた唐揚げを用した。24歳の女・彩佳には鶏胸肉とアボカドのサラダ、学の次男・匠には豆腐とわかめをたっぷり入れた噌汁を、いうちにめるよう最に椀へ注いだ。
私は所の介護施設で調理補助のパートをしている。午4に仕事を終えてスーパーへ寄り、帰宅してから休む暇もなく台所へつ活を、結婚以来ずっと続けてきた。それぞれの好みだけではなく、体調や翌の予定まで考えて献を変えることが、私にできる族への表現だとっていた。
「できたわよ」
最の皿を置いて声をかけたが、返事はなかった。孝志はテレビから目をさないまま箸を取り、加代は煮物をべると、「今はちょっとがいわね。
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お醤油取って」と言った。翔太はでスマートフォンを操作し、彩佳はイヤホンをしたまま誰かとメッセージを送りい、匠は携帯ゲームから線をさず噌汁を繰り寄せていた。
誰も私を見なかった。それどころか、目のに並んだ料理さえまともに見ていない。「いただきます」も「おいしい」もなく、もちろん「ごちそうさま」も聞こえてこなかった。それは今だけのことではなく、いつのにかがでは当たりになっていた。
以なら寂しいとっただろう。もうしなら、せめて言くらい言ってほしいと腹をてたかもしれない。けれど、その夜の私はることさえできず、卓を囲む5をしれた所から眺めながら、自分だけが透になったような覚をわっていた。
27、のも体調の悪いも台所へった。特売には自転でスーパーを回り、計を抑えながら栄養を考え、帰宅が違う子どもたちにはそれぞれ温め直しやすい形で料理を残した。けれど、もしから私が何もしなくなっても、このたちは料理がなくなることだけを便にい、私自がいなくなったことには気づかないのではないか。
そんな考えが浮かんだ瞬、胸の奥で何かが切れた。
「……もう、必ないのね」
もう度そう呟いたが、やはり誰も反応しなかった。
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私は静かに台所へ戻り、いつものように鍋や包丁を洗った。気を拭き取り、調理器具を決まった所へ戻し、蔵庫のもえた。は27覚え込んだきを正確に繰り返しているのに、だけがしずつこのかられていくのが分かった。
最に蔵庫の横へ目を向けた。そこには族の予定と体調、それぞれにわせた献をき込んだが貼ってある。何度もしいへき換えながら続けてきた、私にとっては族の歴史のようなものだった。
私は献表を剥がし、台所の引きしをけた。奥には「族のこと」と表にいた古いノートがあり、何もからしずつきしてきた記録が残っている。そのへ献表を置き、引きしを閉めた。
夜、全員が眠ったあと、私はさなバッグへ着替えと貴品を詰めた。数かから姉の由美子に「しだけ泊めてほしい」と相談しており、鍵も預かっている。衝にびすのではなく、本当に限界が来たには自分のでられるよう、しずつ準備していたのだった。
卓のへ、さなメモを置いた。
《今から、自分のことは自分でお願いします》
それ以はかなかった。責める言葉も、いも必ないとった。
玄関をけると、夜のたい空気が頬に触れた。27暮らしたを振り返らず、私は静かに扉を閉めた。
翌朝6半、孝志はいつもなら聞こえてくるはずの包丁の音がしないことに気づいて目を覚ました。