"独身だから介護しろ" 第2話
修繕業者の見積を見せてほしいと言うと、志保はまだ相談段階だと答えた。
結局、退院かはサービスを最限使い、族は補助に入ることになった。私は曜と曜の夕、篤志は曜の買い物、志保は曜の通院を担当する。夜は見守りセンサーを試し、緊急通報先はの携帯へ同に送るよう設定した。
会議の、兄は廊で私を止めた。「父さんのを、赤のへ渡して平気なのか」
「介護の仕事をするへの正当な料だ」
「おがやれば族のに残る。万円すと言っただろ」
詳しく聞くと、その万円には費、費、父を病院へ運ぶ代まで含まれていた。夜に何度起こされても追加はなく、休みのも決めていない。兄ののでは、私が父のへ移れば活費そのものが消える計算だった。
私はホテルの与細を見せた。基本、役職当、賞与、、休暇。万円との差は今の収入だけではなく、将来のと職歴にも積みなる。
「でいくら損をするか、計算したのか」
篤志は、親の命をに換算するのかとった。私は、の話を始めたのは兄だと答えた。無料でなければではないと言うほど、の労働を細かく値踏みしている。
父が退院した、私はホテルで刻みの作り方を相談した。調理の栄養士は、庭用にを減らす方法を教えてくれた。
広告
私は週回分を分けにして凍し、父の凍庫へ付順に並べた。
父は鶏の煮物をべ、で丸を作った。言葉がなくても、うまいという表は昔と同じだった。私はうれしかったが、そのびを理由に仕事を辞める必はなかった。
帰り際、玄関の棚に見慣れないファイルがあった。表には《宅介護に関する族同》とかれ、透なポケットから私の名が見えた。
こうとした、志保が背からファイルを取りげた。
「それは、お兄ちゃんが管理してる類。直は見なくていいの」
自分の名がある類を、本だけが見なくていい。その言葉で、私は破ったはずの予定表が別の所でまだきていると気づいた。
退院の活は、最初の週だけならきな問題なく回った。父は曜、曜、曜に通所へき、訪問介護員が曜と曜に入り、入浴と掃除を伝った。私は仕事帰りに事を届け、薬カレンダーと蔵庫を確認した。
篤志は最初の曜に買い物へ来たが、翌週はゴルフを理由に欠席した。志保も息子の塾の面談となったと言い、通院の付き添いを私へ頼んだ。私は勤務を変更できず、介護タクシーと病院の付き添いサービスを配した。
兄姉は、私が父を放置したと責めた。だが診察は予定どおりわれ、結果も共された。
広告
族本がかなければ成りたないというい込みをせば、利用できる段はあった。
方で、父のにはや証券会社からの封筒が増えていた。どれも封済みで、父の机ではなく志保が持ち込んだ鍵付きの箱へ入れられている。父に尋ねると、を度たたき、顔をしかめた。
私は文字盤をした。「志保が管理しているのか」と文字ずつ確認すると、父は「はい」を指した。「頼んだのか」には「いいえ」だった。
父が倒れた直、志保は公共料の支払いが止まらないよう通帳を預かったという。そこまでは私も聞いていた。しかし入院費を差し引いても、父の普通預には百万円ほどあったはずだった。
志保へ残を確認したいと伝えると、「介護をしないほどにうるさい」と言われた。私は週回父の事を作り、緊急にも対応している。それでも彼女のでは、仕事を辞めて同居しない限り、介護をしたことにはならなかった。
ある曜、訪問介護員から蔵庫に材がほとんどないと連絡が入った。に志保が買い物をしたはずだったが、置かれていたのは菓子パン個とカップ麺だけだった。父は減塩を指示されている。
私は帰宅途に買い物をし、夕を作った。父へ事を聞くと、志保は買い物ではなく、印鑑を取りに来たらしい。
実印が保管されていた引きしはいたままで、印鑑登録証がなくなっていた。