"独身だから介護しろ" 第1話
「来でを辞めろ。父さんは、おがでることになった」
父の退院祝いで、兄の篤志は祝い膳の横へ枚の勤務予定表を置いた。曜から曜まで、朝、薬、通所準備、入浴、夜見守りの欄があり、そのほとんどに私の名が印刷されていた。
私は歳で、駅ホテルの調理に勤めている。結婚歴はなく、父のからで分のアパートにで暮らしていた。かに父の信が脳梗塞で倒れてからは、仕事のに病院へ通い、洗濯物や続きを引き受けてきた。
「誰が決めたんだ」
「族で話したのよ」と姉の志保が答えた。「私は子どもの受験があるし、お兄ちゃんは会社で責任あるでしょう。直は独で、守る庭もないんだから」
テーブルの向こうで、父はに持った箸を震わせていた。半に軽い麻痺が残り、言葉は理解できても、い文章を話そうとすると音が途切れる。兄と姉は、父が反論できないことを分かっているように話をめた。
退院の父には介護2の認定がていた。歩器があれば内を移でき、事もで取れるが、入浴と薬には見守りが必だった。病院からは通所介護と訪問介護を組みわせる案がている。
「サービスを使えばいい。退院の会議でもそう聞いただろ」
篤志はで笑った。
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「を毎へ入れるのか。父さんは嫌がってる。それにがかかる」
父が何か言おうとした。からたのは「あ……ちが」というい音だけだった。志保は父の肩を軽くたたき、「丈夫、直がいてくれるから」と、本の言葉を聞かずに結論へ変えた。
私は勤務予定表を裏返した。ホテルではから宴会部の副料理になる話がんでおり、来週には最終面談がある。卒業から働き、ようやく得た会だった。
「仕事は辞めない。介護もでは引き受けない」
志保の夫が、困ったように笑った。「族の話ですよ。損得で考えることじゃないでしょう」
「それなら、全員の名が同じだけ予定表にあるはずだ」
誰も返事をしなかった。篤志は、私の料程度なら父のから万円をすと言った。ホテルの取りよりないが、賃がらなくなるから分だという。
「父さんは解したのか」
「もちろんだ。なあ、父さん」
父はうなずかなかった。代わりにを伸ばし、予定表の端をつかんだ。は指のでゆっくり丸まり、へ落ちた。
そのきを見たのは私だけではない。それでも兄は、麻痺でが滑っただけだと言った。
私はのを拾い、央からつに破った。
「の退院支援会議で、本のでもう度決める。俺の退職を提にした話には同しない」
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篤志の顔から祝いの笑みが消えた。「おが断ったら、父さんは施設だぞ」
私は父を見た。父は苦しそうに息を吐き、の差し指でテーブルを度たたいた。それが何をするのか、そのの私はまだらなかった。
退院支援会議には、主治医、病棟護師、理学療法士、ケアマネジャーの岩崎が同席した。族側は父と私、篤志、志保ので、父のには確認用の文字盤が置かれていた。
岩崎は、まず本の希望を聞いた。自宅へ戻りたいかという問いに、父は「はい」を指した。族だけの介護を望むかと尋ねられると、父はをかけて「いいえ」を指した。
篤志がを乗りした。「父は質問を理解できていません。へが入るのを昔から嫌がっていました」
言語聴覚士が、父の理解力にはきな問題がないと説した。話す能力が落ちていても、判断できないとは限らない。篤志は満そうに黙り、今度は費用の話を始めた。
岩崎の試算では、週回の通所、週回の訪問介護、福祉用具のレンタルを利用した、父の自己負担は費を含め万千円だった。父のは万円ほどあり、固定資産税や活費を払っても、直ちに成りたない額ではない。
「そんなに使えば、の修繕ができなくなる」と志保が言った。「古いだから、根も直さなきゃいけないんです」
私は初めて聞いた。父のは築で、漏りの話など度もていなかった。