みかん小説
本棚

"祭り食堂の逆襲" 第11話

それは「賠償」と「慰謝料」の名目の分と、支の名で正式にされた「お見」だった。

岩田のんでいたタワーマンションは、会社の賃補助が役職と緒に消滅したため、賃を払えなくなり引き払った。には、彼が自気に首に巻いていた級腕計も、借の返済のために消えた。

処分の対象になったと聞かされた翌。岩田は、会社を辞めた。

正式な遷や格処分がに、自分から願いた形だった。退職届の理由は、「の都」とだけかれていた。

、岩田は私物の入った段ボールをつだけ抱えて、逃げるように支た。彼を見送る者は、もいなかった。

彼は最まで「なぜ自分がこんな目に」という、納得のいかない顔をしていた。

あるの夕方。

ランチ営業が終わり、夕方の仕込みの。祭り堂には、拓也とけい子だけが残っていた。

拓也はカウンターでいお茶をみながら、ふと奥の座敷の方に目をやった。

「奥の井、シミになってますね」

けい子は苦笑いして頷いた。

「ええ。の台で瓦がずれてしまって」

「見積もりは、取りましたか?」

「23万と言われて……そのままにしています」

拓也はしばらく黙っていたが、湯呑みを両で包んだまま、ゆっくりと言った。

「うちがまだ、さなさな会社だった頃。がなくていものしか頼めない期でも、先代はいつも角煮を盛りにして、職たちにべさせてくれたと聞いています」

広告

拓也は、けい子を見た。

「その分、うちはまだ、このに恩を返せていません」

けい子が顔をげた。

「その分……根で、返させてください」

けい子は慌てて首を振った。

「そんな! 受け取れません!」

しかし、拓也は静かに首を振って微笑んだ。

「施しじゃありません。うちの職がまだ払ってない、飯代です」

けい子は、何も言えなくなった。

あの、このは50分の角煮をべながら、井のシミに目を止めていたのだ。の窮状に気づいていながら、名も名乗らず、恩着せがましい言も言わずに帰ってったのだ。

1ヶの夕方。

奥の座敷の井に、もう漏りのシミはない。から見げると、しく葺き替えられた真しい瓦が、夕を反射してキラキラと輝いていた。

建設の職たちが、まるで自分ののように当たりの顔で入りするようになり、は連賑わっていた。

「女将! 今もここでこの飯わねえと、午の力がねえんだよ!」

そう言って、いつもの席に座る顔ぶれが増えた。

若い職が「腹減ったー!」と言って入ってきた、けい子はニコッと笑って、黙って角煮を盛りにした。

それは、あの松から聞いた、父のやり方だった。以のギリギリの経営状態ではできなかったことだ。

ある、私姿の瀬川がに顔をした。

岩田の元部であり、あの夜のキャンセルを最まで気にかけ、正直に証言した青だ。

広告

瀬川はカウンターに座ると、し申し訳なそうにさくげた。

「この節は、本当にすみませんでした……」

「いいのよ、もう気にしないで。瀬川さんが正直に言ってくれたおかげだから」

けい子が笑うと、瀬川はし照れたようにを掻いた。

「あの……今度のうちの歓迎会、またここでお願いできますか?」

けい子は、今度はからの笑顔で「ありがとうございます」とげた。

パシッ、と。

で、乾いたよい音がした。

けい子が窓からを見ると、駐の隅で、健太が真しいグローブを構えている。彼に向かってボールを投げているのは、松で働く柏建設の若い職だ。

れた所で腕を組み、ニコニコとそれを眺めていた。

「ほら、もっと肘をくしろ!」

の厳しい声に、若い職が苦笑いしながらボールを投げ直す。健太が見事にボールをキャッチすると、松は無言で親指をグッとてた。健太が嬉しそうに笑う。

引き戸がいて、根の最終確認を終えた拓也がてきた。

「これで、通り片付きました。本当にありがとうございました」

けい子がげると、拓也は照れくさそうにさく首を振った。

「私が、ずっと気になっていただけですから」

しの沈黙が流れたが、それは気まずいものではなく、温かい余韻のようなだった。

から健太の声が響く。

「お兄ちゃん! 今度は僕が投げてる姿見てよ!」

拓也は優しく頷いた。

けい子は、簾の端にそっとを触れた。

いつもと同じ、使い込まれた布の温かい触だった。

「また、寄ってください」

けい子の声に、拓也は軽くげただけで、健太の待つ空きの方へと歩いていった。

祖父が建て、父が継ぎ、そして自分が守ってきたは、こうしてまたへと続いている。

夕暮れの空の、若い職の投げたボールが、健太のさなグローブにパシッとよい音をてて収まっていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: