"祭り食堂の逆襲" 第3話
健太のさな声が、静かな厨に響いた。
けい子はハッとして顔をげ、必に笑おうとした。しかし、頬の筋肉が張り、うまく笑顔を作ることができなかった。
彼女は健太の肩にを置き、震えを隠すように優しく言った。
「丈夫よ。お客さんが、し減っちゃっただけ」
それだけ言うと、けい子は健太から目を逸らし、めゆく角煮の鍋の蓋をゆっくりと閉じた。飴に仕がった角煮が、閉じられる直まで美しそうな湯気をてていた。
1740分。
夕暮れのが吹き込み、入りの簾がパタパタと揺れた。
ガラガラと引き戸がく音がして、作業着姿の男性が1、のに入ってきた。
男性は、焼けした逞しい首筋に、いヘルメットの紐の跡がくっきりと残っている。首に巻かれたタオルや全靴には、うっすらと埃がついていた。
けい子は音に気づいて顔をげかけたが、絶望の淵にいた彼女の喉からは、すぐにはいらっしゃいませの声がなかった。
拍置いて、彼女は両頬を軽く叩き、プロとしての笑顔を作り直した。
「いらっしゃいませ。……申し訳ありません、本は貸し切りでして……」
男性は、その言葉を聞いて入りでピタリとを止めた。
「ああ、すみません。表の張り、見えてなくて」
男性は申し訳なさそうに軽くをげ、すぐに踵を返して引き戸にをかけた。
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その、厨の入りからひょっこりと顔をした健太が、背を向けた男性に気づいてきな声をげた。
「あ、お兄ちゃん!」
男性が驚いたようにを止め、振り返った。
健太はタタタッと駆け寄りながら、けい子を振り返って言った。
「母さん、に僕にキャッチボール教えてくれただよ! 空きの壁当てで1で練習してたら、声かけてくれたんだよ!」
男性は目を細め、しばらく健太の顔を見つめていたが、やがて記憶が繋がったのか、さく呟いた。
「ああ……あの原の子か」
健太はさらにり寄り、男性の作業着の袖をさなでギュッと掴んだ。
「お兄ちゃん、待って!」
男性は完全にを止め、健太の方へ向き直った。
健太は、母の方をちらりと見てから、痛な声で訴えかけた。
「今夜、お客さんが来なくなっちゃったの! 母さん、朝から懸命料理作ってたのに……!」
健太の声は、半分泣きそうに震えていた。子供ながらに、母の絶望をじ取っていたのだ。
男性は、ゆっくりと膝をついてしゃがみ込み、健太と目線をわせた。彼のきなが、健太のを優しく撫でる。
「……そうか」
男性は、それから初めて線をげ、厨の奥、そして座敷の方へと向けた。
そこには、の落ちた角煮の鍋、盛りに炊きがった炊き込みご飯の入った巨なお櫃、そして鉢の数々が、きを失ったまま静かに並んでいる。
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男性は、その景をしばらく無言で見つめていた。その瞳の奥で、何かのが静かに燃えがるのが見えた。
男性はゆっくりとちがり、けい子に向き直った。その差しは、先ほどまでの柔らかいものから、真剣なの顔へと変わっていた。
「今、何か予約が入っていたんですか?」
けい子は、突然の質問に言葉に詰まりながらも、さく頷いた。
「……ええ。貸し切りの予約が、さっき急に取り消しになってしまって……」
男性はしばらく腕を組んで黙っていたが、やがて静かに、しかし力い声で言った。
「仲を、何か誘ってみてもいいですか?」
けい子はいがけない申しに戸惑い、両を横に振った。
「えっ? あの、お構いなく! 気にしないでください。突然のことで、こちらこそすみません」
しかし男性は、けい子の言葉を遮るように静かにをげた。
「し、話をかけてきます」
男性はそれだけ言うと、引き戸をけてにをていった。に残されたけい子と健太は、ただぽつんと顔を見わせた。
その夜。
駅の級割烹の煌びやかな個では、建設の華やかな歓迎会がかれていた。
座に座るのは、岩田京介、28歳。京本社から方の現へと送り込まれた若きエースであり、28歳での主任昇は、社内でも最速記録だと言われていた。
「岩田君は、本社でも変な評判だよ」
恰幅の良い役員がグラスを傾けながらそう言うと、岩田は完璧に計算された笑顔を作り、をげた。