"義父を八年看取った夜、手切れ金は三万円" 第1話
初の法が終わり、線の残りが澱のように沈む居には、温い静寂だけが残されていた。
夜のを回ったところだった。
仏壇のに置かれた座卓の周りには、喪のネクタイを緩めた夫の修と、その弟の健、そして派な真珠のネックレスを指先でいじり続ける義妹の子が座になっている。
座卓の央には、仕しから届いた通夜振るいの空折り箱と、参列者から集まった典袋の。
私は台所のたいタイル貼りのにち、油でギトギトになったぷらの皿を洗剤の泡で擦り続けていた。
。 として欠かしたことのない、このの台所仕事。
私の指先は、業務用の塩素系消毒液とので赤黒くひび割れ、指紋の溝すら消えかかっている。
義父・源造が昨夜、息を引き取った。
享歳。 に及ぶ、完全寝たきりの宅介護だった。
「おい、敏子。皿洗いはだ。こっちへ来い」
修の、く濁った声が襖越しに響いた。
資系製薬会社の極エリア経理統括部。 あと週で歳の定を迎え、千万円を超える退職をにする男の声だった。
私はゴム袋をし、濡れたを掛けで拭いながら居へ入った。
畳の縁を踏まないように膝をつき、のに正座する。
座卓のには、急須に残っため切った番茶と、修の黒革のブリーフケースからされたばかりの、枚の類が置かれていた。
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蛍灯の青いが、そこに印刷された朝体の活字をくっきりと浮きがらせている。
『協議婚届』
そして、そのにもう枚。
『親族贈与及び渡誓約』
指先の血の気が、すっと引いていくのが分かった。
「……あなた、これは」
私の震える声に、修は表つ変えなかった。 元の湯呑みを指先で弄びながら、まるで取引先の良債権を処理するかのような乾いた調で言った。
「見ての通りだ。親父の介護、ご苦労だったな。だが、親父がんだ以、おがこのにいる理由はもう何つない」
「理由が、ない……?」
「そうだ。おには悪いが、に荷物をまとめててってもらう」
修の隣で典袋の札束を数えていた義妹の子が、を鳴らしてクスクスと笑った。
「お義姉さん、まさか親父がんでもまだこのに居座れるとってたの? 図々しいにも程があるわよ」
弟の健も、ビールの缶を座卓にコトンと乱暴に置きながら、私を蔑むような目で睨みつけた。
「兄貴の言う通りだぜ。このとは、代々のものだ。子供のも産めなかった『よそ者』に、分けてやる遺産なんて円もあるわけねえだろ」
子供。
その文字が、私の胸の奥くに突き刺さった。
、私が歳で修と見い結婚した、の親族全員が私に求めたのは「跡継ぎ」
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だった。
結婚して、子供ができなかった。
妊治療専のクリニックに通い、痛ましい検査を何度もねた末に医師から告げられたのは、私の側の卵管閉塞だった。
あの診断を見たから、私のは「罪」となった。
義母がきていた頃は、毎朝の仏壇への替えのたびに「女」「穀潰し」と背に浴びせられた。
修はそんな私を庇うこともなく、では「子供に恵まれない妻を決して見捨てない慈い夫」を完璧に演じ分けた。
社内での評価は鰻登りになり、親族のでも「聖」と讃えられた。
だが、庭内での私は、無の召使い以のだった。
、義父の源造が脳梗塞で倒れ、半随と度の言語障害を患った、親族の誰もが介護を拒絶した。
『施設に入れるがもったいない』 『男の嫁がにいるんだから、るのが当たりだ』
修はその言で、当私が細々と続けていた図館の非常勤司の仕事を辞めさせた。
それからの。
朝に起き、源造のおむつを取り替え、直した関節をマッサージし、胃ろうの栄養剤を注入し、ずれを防ぐためにおきに寝返りを打たせる。
痰の吸引器がジュルジュルと音をてるたびにび起き、夜に糞尿を撒き散らされれば、汚れたシーツを呂で洗いしてから洗濯を回した。