"毎月100円を振り込む名医の20年" 第4話
「これ、父さんのだろ。……崎仁って、あの綾乃の父親だよな? なんで、あのから毎百円ずつ、が振り込まれてるんだ?」
夕方のぬるいが、のを吹き抜けた。 軽トラのエンジンはとっくにめているはずなのに、ボンネットの奥から、チッチッチッ、と属が収縮する乾いた音だけが響いていた。
父は、私の元にある通帳をじっと見つめた。 その線は、秒、いや分くもかなかった。 まるで、そこに通帳があることではなく、という歳の霊が、のに引きずりされたことそのものを凝しているようだった。
やがて、父はゆっくりとを伸ばした。 油と埃にまみれた、あの節くれった。 昼、綾乃の母親に「汚らわしい」とざけられたそのが、私の指から通帳を奪いった。
奪う瞬、父の指先が私の首に触れた。 信じられないほど、たかった。 真の夕暮れだというのに、の皮膚のようにえ切っていた。
「……見るな」
父は通帳をつ折りにし、ポロシャツの胸ポケットへと押し込んだ。 その作には、切の躊躇も、昼の卑屈さもなかった。
「父さん!」
「おには関係ないことや」
父は背を向け、玄関へと歩きそうとした。 その背は、昼ファミレスで見せたさく丸まった背ではなく、何か巨な荷をで背負い続けて岩のように固まった、異様な威圧を放っていた。
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「関係ないわけないだろ!」
私はわず叫んでいた。父の腕を掴もうとして、すんでのところで踏みとどまる。
「僕の結婚が潰されたんだぞ! あいつらに、父さんも僕も、虫けらみたいに侮辱されたんだ! それなのに……なんでその相から、もをもらってるんだよ!? 毎百円って、体何のなんだ!?」
父のが止まった。 玄関の引き戸にをかけたまま、父は振り返らなかった。 夕が急速に濃くなり、町のの灯が、ジジッというな放音とともにオレンジに灯った。
い沈黙のあと、父のから漏れたのは、乾いた吐息のような声だった。
「……拓。あそこへは、もうづくな」
「父さん……?」
「綾乃さんとも、あの親とも、輪際関わるな。……あれは、やない」
父はそれだけ言うと、ガラガラと引き戸をけ、のへと入っていった。 ピシャリと戸が閉まり、内側から鍵の回るい音が響いた。
暗くなった駐に、私だけが取り残された。
『あれは、やない』
父の最の言葉が、たい針のように朶に突き刺さっていた。 侮辱されてもヘラヘラと笑っていた父が、なぜ、あの崎仁を「ではない」と断じたのか。 そして、あの百円は何なのか。
私は自分の軽トラの横にち尽くしながら、スマートフォンを取りした。 画面をタップし、連絡先をく。 そこには、さっき仁に「消せ」
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と言われた、綾乃の話番号があった。
指が震えていた。 話をかけるべきか、それとも。
その、スマートフォンの画面がふっと切り替わった。 着信だった。 表示された名を見て、私は息を呑んだ。
『崎 綾乃』
別れてから、わずか。 度と連絡してくるなと言い放ったはずのの娘から、着信が入っていた。
私は唾をみ込み、通話ボタンをスライドさせた。
「……もしもし、綾乃?」
スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、綾乃の声ではなかった。 く、湿り気を帯びた、聞き覚えのある男の呼吸音。
『――拓君かね』
崎仁だった。 昼のファミレスで見せた徹なエリート医師の声ではない。 何か得体のれない焦燥と、話越しにでも伝わる異様な圧迫を孕んだ、濁った声だった。
『単刀直入に聞く。……君の父親は、今、にいるかね?』
背の毛穴が斉にいた。 なぜ、綾乃の携帯からかけてくるのか。 なぜ、父の所を気にしているのか。
私は軽トラの古びたドアノブを無識に握りしめながら、暗に閉ざされた実の平を見つめた。
『……ええ、いますけど。それが何か?』
話の向こうで、仁がさく舌打ちをする音が聞こえた。 そして、氷のようにたい声で、こう囁いたのだ。
『今からそちらへく。……父親には、絶対に何も話すな』
ツツツ、と無質な切断音が響いた。
夜の帳がりたで、私はけなくなっていた。 ポケットのの拳が、じっとりと脂汗をかいていた。