"10年逃亡した父の未開封400万" 第10話
ガタタン、と何かが倒れる鈍い音がした。 続いて、父の呻き声。
『やめろ……俺の義を引っ張るな! 痛え! ボルトが……傷にい込んでんだよ!』
『歩けないくせに! 歩けないくせに、どこへく気よ! 隣町のスナックのあの女のところへくつもりでしょ!? あの棒猫に、このを貢ぐつもりなんでしょ!』
『違う! 陽子さんは関係ねえ! 俺は……俺はただ、施設に入るが欲しいだけだ。おとこれ以緒にいたら、俺は殺される!』
『そうよ、殺してやるわよ!!』
を塞ぎたくなるような絶叫とともに、もみう擦れの音、陶器が々に砕け散る激しい音がて続けに響いた。
ガリッ、とテープがノイズを拾い、回転が規則に遅くなる。
『……お、その……何を……』
父の怯えきった声。
『植田さん! 植田さん、く入ってきて! ドアチェーンはしてあるから!!』
母が、叫んでいた。
で待していた男を、部のへと招き入れるために。
カチッ。
そこで、録音は突然途切れた。 テープが巻き終わったのではない。 衝撃によって、レコーダーの源が物理に切断されたような、烈な破裂音とともに、無音のがイヤホンを満たした。
「……お嬢さん? 顔が真っ青だぞ」
主の老の声で、私はに返った。 全が鉛のようにく、指先は氷のようにえ切っていた。
「丈夫……です。ありがとうございました」
イヤホンを抜き、レコーダーを抱きしめるようにしてをびした。
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父は、逃げようとしていたのではない。 母の異常な狂気と束縛から、自分の残された尊厳を守るために、障者施設へ逃げ込もうとしていただけだった。
そして母は、父に「浮気」の濡れを着せ、植田を引き入れて——。
だが、テープので母がにした名。 『隣町のスナックのあの女』。 父が言った『陽子さん』。
警察の記録では、父はそのスナックの女——松井陽子と共謀して、を奪って駆け落ちしたことになっていた。 母は所の々にも、そう触れ回っていた。
もし、父がその夜に殺されていたのだとしたら、その松井陽子という女性は、体どうなったのか? 彼女もまた、父の失踪と同じ期に、町から姿を消したはずだ。
私は駅へ向かい、武線に乗ってつ隣の駅——かつてスナックがあった『成増』へと向かった。
成増のをりると、そこは昭の残りが濃に漂う歓楽の残骸だった。 昼のスナックは、ゴミの匂いと、換気扇から漏れる油の匂いが混ざりい、んだように静まり返っている。
スマホで古い宅図のアーカイブを調べ、目指す雑居ビルを探した。
雑居ビル『ニュー成増ビル』。 階の奥に、かつて父が通っていたというスナックの板が、割れたプラスチックのまま放置されていた。
【スナック 】
ドアには錆びた京錠がかけられ、ポストにはチラシがミルフィーユのように固まって押し込まれていた。
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すでに何もに廃業しているのはだった。
途方に暮れて階段をりると、階の奥で、簾をそうとしているさな居酒の主が目に入った。 髪交じりの、エプロンをつけたの男。
私は駆け寄った。
「あの! すみません!」
「ん? まだ仕込みだよ。からだ」
「事じゃないんです。階の『スナック』の……松井陽子さんのことをお聞きしたくて」
主のが、ピタリと止まった。 細められた線が、私の顔を警戒するように探る。
「……あんた、陽子ちゃんの何だい? 借の取りてなら、もうとっくに遅いよ。あのはに破産して、ビルごと競売にかけられたんだ」
「親戚の者です。……彼女が急にいなくなった理由を探していて」
主はく息を吐き、タバコにをつけた。 の煙が、暗いに漂う。
「いなくなった? 誰がそんなこと言ったんだい」
「え……?」
「陽子ちゃんは、逃げちゃいねえよ。逃げられるような体じゃなかったんだ」
主は吐き捨てるように言った。
「あのはい肝変だったんだよ。医者からも『あと数の命だ』って宣告されて、を畳む準備をしてた。そんなに、男と持って駆け落ちなんて、できるわけねえだろうが」
を鈍器で殴られたような衝撃だった。
「駆け落ち……してないんですか?」
「するわけねえだろ! のだ。