"一度死んだ「秋田涼」と7歳の孤児" 第3話
今両親に問い正したら、この穏やかな朝の空気が壊れてしまう。
それが何よりも怖いとったのだ。
もしこの戸籍の記載が何かの違いや、続きの特別な処理だったなら、わざわざ両親を問い質す必はないのではないか。
戸籍の続きがどうであれ、俺とこの2が親子であるという事実は誰にも変えられない。
俺を7育ててくれた施設と、そのの20本当の子としてしてくれた田の両親。
俺の幸せはこの2つのによって完全に成りっている。
「ってきます。」
俺は結局何も言わず、父さんと母さんに声をかけた。
父さんは聞から目をさずに、さく「おう」と答える。
母さんは玄関まで見送りに来てくれた。
「ってらっしゃい。忘れ物はない?」
「うん、ありがとう、母さん。」
俺は母さんに背を向け、玄関の扉をけた。
には温かい朝の空気が漂っていた。
こので育ち、この両親のをったからこその自分がここにある。
俺はこの族の歴史を決して疑いたくはなかった。
あの「実子」っていうのは、体どういうなんだろうか。
しかし、朝ののを駅へと向かうすがら、その疑問は俺のでしだけきくなりながらの片隅に残り続けたのだった。
通勤に揺られ、ビルのち並ぶ都で会社員として働く。
忙しい々ので、俺はあのさな疑問をの奥底にぐっと閉じ込めていった。
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だが、なおとの結婚の準備がめばむほど、疑問のきさがどんどん膨れがっていく。
曜の午、俺はどこへくこともなく実で過ごしていた。
父さんは裏庭で自の菜園の入れをしている。
農と呼べるほどの規模ではないが、季節の野菜を育てるのが父さんの楽しみなのだ。
にはエンドウ、にはトマト、にはイモが育つ。
無言で黙々と作業を続けるその背は、頑固で器用な父そのものを表しているようだった。
俺が「伝おうか」と声をかけると、父さんは必ずを止めてこう返す。
「いい、涼は疲れているだろう。休んでいろ。」
伝われるのが嫌というわけではなく、ただ俺が会社勤めで疲れていることを言葉なに気遣ってくれているのだ。
なんせ子供の頃はよく畑仕事を伝わされていたのだから、その父さんの背を見ながら、俺は縁側で母さんが縫い物をする音を聞いていた。
「結婚式で使うハンカチ、これでいいかしら?」
母さんは俺の胸ポケットに入れるためのハンカチを、真っな布に淡いの糸で丁寧に刺繍してくれていた。
俺はその仕がりを見つめ、嬉しそうに頷いた。
「うん、すごく素敵だよ。ありがとう、母さん。」
母さんが俺に何かを作ってくれる、俺はいつも子供の頃の懐かしい記憶を呼び起こす。
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学の入学式の夜、母さんが夜鍋して縫ってくれたましい体操の名札。
器用ながらも懸命作ってくれた初めての弁当箱のカバー。
母さんは本当に裁縫が得で、料理も抜群にだった。
俺がに帰ると必ずべたいものを聞かれ、翌にはそれが卓に並ぶ。
俺が邪を引いたには何も言えずにおかゆを作り、枕元に座ってくれた。
その温かいのひらに撫でられると、どんなもスーッと引いていくような気がした。
「うちにいらっしゃい。」
母さんが7歳の俺にそう言ってくれたの言葉が、全てだった。
俺たちは考える必もないほどにく結びついた族だ。
夕の準備が始まるになると、台所からトントンと包丁の音が聞こえ、醤油とだしのりがに広がる。
「蔵庫にビールがあるわよ。」
母さんが優しい声で声をかけてくれた。
俺は蔵庫をけ、えたビールを取りす。
そしてリビングに戻った、ふとテーブルのに何かが落ちていることに気づいた。
古い1枚の写真だった。
写真に映っているのは父さんか……いや、しいを着て誇らしげにっている、俺ではない3歳くらいの幼い男の子だった。
その写真の横には、今よりしだけ若い父さんと母さんが映っている。
2はその子のを両側からしっかりと握り、満面の笑みを浮かべていた。
父さんのあんなに柔らかい表を、俺は見たことがなかった。