"見えない星" 第2話
彼はホテル業界にを投じてから余、数々のホテルを再建し、事業を拡させてきた。しかし、彼自は度として、客の清掃員として臭く働いた経験を持っていなかった。 層部の机のから現を見ろすのではなく、最もい所で、最線の労働者たちと同じ目線にってホテルという組織を見つめ直したい。 そのい執から、彼は戸籍の偽名を使い、分を完全に隠蔽して、この、自らのホテルの清掃員として現に潜り込み続けていたのである。
はる子は田の持つバケツに目をやり、廊の壁際に寄せていた自分の清掃カートの横へと歩をめた。
「まずは、用具の倉庫へご案内しますね。こちらへどうぞ」
はる子は先して歩き、リネンの奥にある清掃用具のドアノブを回した。 内には所狭しと洗剤のボトルや予備のモップ、各種ブラシが然と並んでいる。 はる子は棚のでち止まり、指先でつひとつの具を指し示しながら説を始めた。
「洗剤はすべてここに分類して置いてあります。ガラス用と浴用で容器のが違うので注してくださいね。それから、モップはこれを使ってください。を含ませるとかなりくなるので、腰を痛めないように気をつけて持ってくださいね」
広告
田ははる子の元をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。
「本当にありがとうございます。初からこれほど親切に教えていただけるとはいませんでした」
はる子は棚からをし、照れくさそうに首をさく振った。
「丈夫ですよ。私もに入社したばかりの頃は、もも全く分からなくて、先輩たちにからたくさん教えてもらいましたから」
はる子の飾り気のない、自然体の優しさに触れ、田の胸の奥が静かに揺れた。 この若い女性の表や言葉の端々には、司に取り入ろうとするような計算や、者を利用しようとする打算が切じられない。ただ純粋に、目ので困っている齢のを助けたいという、素朴な真だけが溢れていた。 そのを境に、田次は名実ともにの客清掃員としての過酷な課を始した。 歳を越えた老躯にとって、腰の姿勢で浴槽を磨き、いシーツを何枚も抱えてフロアを往復する労働は、決して容易なものではなかった。それでも彼は、から音や文句を切漏らすことなく、割り当てられた客を寸分の隙もなく清掃し続けた。
だが、ホテル内で働くの職員たちの態度は、はる子とは対照だった。 廊で田とすれ違っても、くの者は挨拶すら返さず、まるでそこに誰もしないかのように線を逸らして通り過ぎた。
広告
には、作業着姿の田の背を指差し、「あの歳になってまでのゴミ拾いか」「清掃しかできない寄りのだ」と、で笑を浮かべう若いスタッフすらいた。 特に、フロント業務を担当する正社員たちのには、清掃員や用務員といった裏方の契約社員を骨に見し、階級の異なるとして扱う潮が根く蔓延していた。
しかし、そうしたたい環境のにあっても、はる子の態度だけは最初から何つ変わらなかった。 彼女は田の齢や雇用形態、周囲の嘲笑な空気などに介さず、いつでも同じ笑顔を浮かべて挨拶を交わした。田がシーツの運搬に取っていれば自然にを貸し、しい清掃順が導入されれば、休憩を割いて丁寧にやり方を教え込んだ。
数が経過した、あるの昼休みのことだった。 はる子は清掃用具の片付けを終えると、階のフロアから戻ってきた田の姿を見つけ、りで駆け寄った。
「田さん、お昼ご飯はいつもでべていらっしゃるんですか? もしよかったら、私と緒にべませんか?」
田は突然の誘いにを止め、わずかに眉を寄せて逡巡した。 自分は分を隠しているとはいえ、このホテルの最責任者である。現の契約社員とこれ以く親しく接することは、々の職務、公正さを欠く事態を招くのではないかという理性がをもたげた。