"見えない星" 第1話
京の都にそびえつグランドホテル。その階の客フロアでは、まだ陽が昇りきらない朝から、慌ただしい清掃作業が始されていた。 リネンの引き戸が擦れう鈍い音、シーツの束を運ぶキャスターの甲い回転音、そして掃除の吸気音が、い廊に規則正しいリズムを刻んでいる。 田はる子、歳。彼女はこのホテルで客清掃員としての業務に就いてから、すでにというを数えていた。 雇用形態はごとの更を繰り返す契約社員である。いつ雇い止めに遭うか分からない定なにを置きながらも、彼女は任されたフロアのや備品を、愚直なまでに丹に磨きげ続けていた。 彼女がこれほどまでに黙々と働き続ける背景には、過酷な庭の事があった。 実で暮らす実の父親は、患った糖尿病の篤な併症により、週にの透析治療を余儀なくされていた。さらに母親もまた、度の変形性関節症を患い、自力での歩すらままならず、々の活の部分に介護のを必としていた。 毎、両親の通院と投薬にかかる医療費は莫な額に達していた。はる子が得る清掃員の与だけでは支払いを賄いきれず、々の費を限界まで削って面しても、どうしてもりないすらあった。
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それでも、はる子は誰のでも平満をにすることはなかった。毎朝誰よりもく通用をくぐり、作業着の袖をまくりげて、黙々とモップをかし続けていた。
そのの朝も、はる子は階の絨毯敷きの廊の央にち、腰をかがめてモップの先端を定の速度で滑らせていた。 ふと、フロアの奥にある業務用エレベーターの扉が属音をててにいた。 はる子はモップをかすを止め、体を起こして線を向けた。 りてきたのは、の老だった。 齢は代の半ばほどだろうか。髪交じりの髪に、い皺が刻まれた顔ちをしていた。につけているのは、の使用によって布がくなり、あちこちが褪せた青い作業である。そのには、調されたばかりの清掃用具の入ったバケツがしっかりと握られていた。 仕のぎこちなさから見て、今からしく配属された清掃員のようだった。 はる子は持っていたモップの柄をに持ち替え、相の顔をまっすぐに見据えて角をげた。
「おはようございます!」
澄んだ、るい声が静かな廊に響き渡った。 老は予の挨拶を受けたかのように、わずかに肩をすくめて驚いたように顔をげた。その黒い瞳がはる子の姿を捉えると、老はち止まり、背筋をまっすぐに伸ばした。
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そして、々と丁寧にをげた。
「はい、おはようございます。田次と申します」
その声はく、落ち着いた響きを帯びていた。粗末な作業を纏っているにもかかわらず、そのち居振るいと発声の端々には、の修練によって培われたかのような、隠しきれない品格が漂っていた。 はる子は瞬、老の醸しす独特の威厳に目を見張ったが、すぐに屈託のない笑みを浮かべて歩歩み寄った。
「私は田はる子です。田さんの担当フロアは階だそうですね。もし分からないことがあれば、いつでも何でも聞いてくださいね」
田は作業の裾をそっと撫でろし、はる子の顔を静かに見つめ返した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
温かい言葉を投げかけてくれたはる子に対し、田はく、静かに頷いて見せた。 だが、この実直そうな老――田次という物には、誰にもかしていない巨な秘密があった。 彼は、経営振に陥っていたこのグランドホテルを傘に収めたホテルグループの最権力者、グループ取締役会そのであった。 経済界や投資の世界では、徹かつ確な腕を持つ伝説な経営者としてその名をられていた田であったが、彼には経営者として揺るぎないつの信があった。
「真のサービス、客のを満たす本質は、類のではなく、最も過酷な現にこそする」