"七年消えた母と五千万の温室" 第3話
だが、私の予を遥かに超える反応を示したのは、父の方だった。
ガシャンッ!!
激しい破壊音が、静まり返った居に轟いた。
見ると、父のが宙で震えていた。 持っていたガラスのビールジョッキが座卓の角に叩きつけられ、々に砕け散っている。 黄の液体とい泡が、畳のにじわじわと染みを作っていく。
「お父さん!?」
父は私の声などに入っていないようだった。 顔面から完全に血の気が引き、気を通り越して青黒くなっている。 唇が痙攣したように刻みに震え、瞳孔孔が見かれたまま、線が点に固定されていた。
父が見つめていたのは、割れたグラスの破片ではない。
居の掃きし窓の向こう。 夕が完全に落ち、たいがぽつぽつとり始めた、真っ暗な裏庭の方向だった。
「あ……ああ……す、すまない、が滑った」 父は掠れた声で呟き、ちがろうとしたが、腰が抜けたように座布団のでよろめいた。
「もう、あなたったら! 還暦なのに、けないわねえ」
雅美が甲い声をげてちがり、際よく台所から雑巾を持ってきて畳を拭き始めた。 「栞ちゃん、危ないからそこをかないでね。お父さん、くお呂に入ってきちゃいなさい。お酒はもうおしまい!」
雅美の叱責は、見するとどこにでもある「粗忽な夫を窘める世話焼きな妻」
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そのものだった。 だが、雑巾を絞る彼女の背は、針のようにく張っていた。 そして父は、度も私の顔を見ようとせず、幽霊のような取りで居をてった。
私は、畳のに広がるビールの染みを見つめながら、確信していた。
っている。 父も、雅美も。 あの夜、何が起きたのかを完全に共している。
夜。 階の私の部の窓を、激しいが叩きつけていた。
気予報通り、気圧が通過しているらしい。 のあの夜と同じ、鉛のいだ。
私は机のスタンドライトだけを点け、引きしの奥から取りした通の類を並べていた。
枚は、昼に印刷した監カメラの画像。 拡された、蝶の形の傷痕。
もう枚は、母が失踪した翌に、私が携帯話会社に掛けってに入れた、母のスマートフォンの『通信ログ示請求』の控えだった。 当、未成だった私が親族として引に続きをい、警察にも見向きされなかった切れだ。
そこには、母の端末の最の接続記録が印字されている。
『20191014 午142分』 『接続基局:槻町丁目 第2アンテナ』
槻町丁目。 まさに、今私がいるこの実の所を管轄するアンテナだった。
峡の料所を、雅美が母ので通過したのが『午114分』。 からこの実までは、夜の国をどれほどばしても、で最分はかかる。
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もし母自がを運転してへ向かっていたのなら、その分に、母の携帯話が実周辺の基局と通信をうことなど、物理にあり得ないのだ。
母のスマートフォンは、には載せられていなかった。 あの、母の携帯はずっと、こののにあった。
そして、午142分という刻。 父は警察に対し、「夜のには就寝し、翌朝まで妻がいなくなったことに気づかなかった」と証言していたはずだった。
ギィ……。
に、階から微かな軋み音がいがってきた。
私は息を止め、ペンのきを止めた。 を澄ます。
音の隙を縫って、ゆっくりと、慎に廊を踏みしめる音が聞こえる。 歩、また歩。 スリッパは履いていない。素が板張りに吸い付くような、湿った音だ。
私はスタンドライトのスイッチを素く切り、部のドアを数ミリだけけた。 暗に目を凝らし、すりの隙から階の廊を見ろす。
廊の角から、細い懐灯のが揺れながら現れた。
黒いビニールの羽を着込み、フードをく被った。 父だった。
父は音をてないよう細の注を払いながら、玄関ではなく、勝のへと向かっていた。 そのには、具の入ったそうな革袋が握りしめられている。 属が擦れう、ジャラリとした鈍い音がに響いた。
カチャリ、と勝の鍵がく音がした。 父は傘も差さず、激しいのるへとていく。