"七年消えた母と五千万の温室" 第1話
カチッ、カチッ。
湿気を含んだ資料に、マウスのクリック音だけが規則に響いていた。
蛍灯の暗いの、却ファンの唸る気が、古いファイルの黴臭い匂いを巻きげている。 私は画面を凝したまま、乾いた唇を舌で湿らせた。
目のの液晶モニターに表示されているのは、解体された「旧峡料所」のレーン監カメラの記録データだ。 ファイル名は『20191014_LANE03_0100_0200.raw』。 政の歴史公文デジタル化事業に伴い、破棄寸だった磁気テープからようやくサルベージされた、7の台19号の夜の記録。
あの、私の母・槻登紀子は、このの向こう側へと消えたはずだった。
『もう、この息苦しいには耐えられません。すべてを捨てて、やり直します。探さないでください』
化粧台に残されていた、乱暴なりき。 そして、翌朝の午8、峡の央待避所にぽつんと乗り捨てられていた、母のいカローラセダン。 運転席の窓は吹き込む豪でけ放たれ、鍵はイグニッションに刺さったまま。 財布も、母が用していた傘もなかった。
警察は々に「男との計画失踪、あるいは投自殺を装った逃」と片付けた。 にの個座から引きされていた2,000万円というまとまった現のが、警察のその推測を決定づけていた。
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だが、私は度たりとも信じたことはなかった。 母は、私を置いて男と逃げるようなではない。 何より、あの文字の癖。 圧のすぎるトメとハネは、母の穏やかな性格とはあまりにもかけれていた。
マウスを操作し、タイムスタンプを午114分へと送る。 画像処理ソフトの度を限界までげ、ガンマ値を調した。
ザー、という砂嵐のようなノイズの向こうから、漆黒のの夜に浮かびがるい体が現れた。 フロントガラスを叩く滝のような。 ワイパーの軌跡の隙から、運転席の輪郭が見える。
窓がセンチほどき、濡れた幣と通券を差しすが伸びていた。
夜勤務の料所職員は、横殴りのを避けるように顔を背け、械にそのから幣を受け取っている。 監カメラのレンズには滴が付着し、運転の顔半分はバイザーのに隠れて判別がつかない。
私は息を止め、その「差しされた」のピクセルを400パーセントまで拡した。
ナトリウムランプの黄いが、濡れた皮膚の表面を照らししている。
母の首は、入れのき届いたく滑らかな肌だった。 仕事のには必ずハンドクリームを塗り、傷ひとつなかった。
だが、画面ののその首には。 親指の付け根から首の内側にかけて、幅3センチほどの、ケロイド状に盛りがった醜い傷の跡が焼き付いていた。
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引きつれた皮膚が、まるで羽を広げた蝶のような形を作っている。
全の毛穴という毛穴から、瞬で汗が引いていくのが分かった。 臓が肋骨の内側を激しく打ち鳴らす。
見違えるはずがない。 子供の頃、何度も目にした傷だ。 「昔、お惣菜ので揚げ油をひっくり返しちゃってね。お嫁にけないかとったわよ」 そう言って、いつも苦笑いしながら隠していた、あのの。
母の来の親友。 母が消えた、泣き崩れる私と父の世話を甲斐甲斐しく焼き。 失踪宣告が認められた、正式に槻の戸籍に入った女。
私の現の継母、雅美の首にある傷痕だった。
「……雅美さん……?」
声が震えて、喉の奥に張り付いた。 ので、の記憶が恐ろしいスピードで逆回転を始める。
あの、母のを運転して峡を渡ったのは、母ではない。 激しい台の夜、母のをらせ、のに乗り捨てて「勝な女の逃避」という完璧な台を演したのは、雅美だったのだ。
では、母は? 本物の登紀子は、あの、どこへ消えた?
を捨てにったのが雅美なら、母はその、まだこの町のどこかに——いや、あのにいたのではないか。
モニターのにある計が、午11を回ったことを告げていた。 私は震えるでUSBメモリを抜き取り、印刷した拡画像を鞄の底くへ滑り込ませた。
資料のい鉄扉をけた瞬、たいが頬を打った。