"「忘れ物」で夫の嘘がばれた日" 第1話
「あなた、健さんから何も聞いてないの?」
空港へ向かうはずだったタクシーを引き返させ、慌てて戻ってきた自宅の居で、母の子はそう言った。
玄関には、つい30分まで母が嬉しそうに引いていた2つのスーツケースが転がっている。けれど「切な薬を忘れた」と言っていた母は、薬を探そうともせず、静かにソファへ腰をろした。
「お母さん、薬はどこ? まだにうから、く探さないと」
私は計を見ながら言った。
今から1週、母と2でハワイへく予定だった。結婚25周と、これまで母の介護やのことを頑張ってきた私への謝を込めて、夫の健が突然プレゼントしてくれた旅だった。
「たまには親子でゆっくりしてこいよ。俺のことなんて何も配しなくていいから」
パンフレットを差ししたの健は、本当に優しい顔をしていた。
私は嬉しかった。
娘の美咲が独してからも、母の通院の伝いや事に追われ、い旅など何もしていなかった。72歳になる母も旅は初めてで、発の週から毎のようにをしたりしまったりしていた。
その母が、今は旅のことなど忘れたような顔をしている。
「薬なんて忘れてないわよ」
私はを疑った。
「え?」
「最初から、薬なんて忘れてないの」
子はハンドバッグをき、茶い封筒を取りした。
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見覚えのない産会社の名が印刷されている。
「昨、あなたが2階で荷造りしていたでしょう。その、健さんが斎でこれを慌てて隠していたのよ」
「どうしてお母さんが……」
「お洗いを借りようとして廊を通った、扉がしいてたの。声をかけようとったら、健さんがこの封筒を机の奥へ押し込んでた」
母は昔からの物を勝に見るようなではない。
だからこそ、その母が持って帰ってきたという事実に胸騒ぎがした。
私は封筒を受け取った。
に入っていたのは、このとに関する査定と、売却に向けた程表だった。
そして今の付。
午3。
《現確認・必類最終確認》
そのには、担当者の名までかれていた。
私はを持ったままけなかった。
「今?」
「そうよ」
子は私を見た。
「あなたたちが本をれてるはずの今」
「でも……健は今は阪へ張だって」
自分でにしながら、その言葉が急にひどくっぺらく聞こえた。
夫は今朝、私たちより先にをた。
「午の幹線だから、空港まで送れなくてごめんな」
そう言って、私のスーツケースを玄関まで運んでくれた。
「どういうことなの……」
私は査定をめくった。
の名義は私だった。
30歳のにくなった父から相続したで、そのに夫婦でを建てた。
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建物は私と健の共名義になっている。
を建てた、父の命保険の部分をに充てた。
当、健の勤め先の業績が悪く、貯はほとんどなかった。
「由美のお父さんにはががらないな。このは俺たち族で守っていこう」
25、健は泣きながらそう言った。
私はずっと信じていた。
子がさく息を吐いた。
「旅のを決める、変だとわなかった?」
言われてみれば、い当たることがあった。
私は本当は翌週の方が都がよかった。
けれど健は、
「このしか2分取れなかったんだ」
と言い、私に相談するに航空券もホテルも予約していた。
しかも1週。
何が何でも今から私をからざけたかったのだとしたら。
その、スマートフォンが震えた。
健からだった。
《今頃、搭乗ゲートかな?》
《子さんとゆっくり羽を伸ばしてきてね》
そして最に、
《してるよ》
とかれていた。
私はその文字をしばらく見つめた。
議なことに、涙はなかった。
「お母さん」
自分でも驚くほどい声がた。
「私、どうしたらいい?」
子はちがり、私の肩に両を置いた。
「今、泣くのはにしなさい」
「でも……」
「由美。私たちは今、ハワイへ向かってることになってるのよ」
その言葉で、私は顔をげた。
「健さんは、このに誰もいないとってる」
母は静かに言った。
「だったら、何をするつもりなのか、自分の目で見ればいいじゃない」
私は玄関に置かれた2つのスーツケースを見た。