"「貧乏人」と笑われた男" 第2話
「まれでは決まる、と」
「かなり決まるでしょ」
玲奈はそこで声をてて笑った。
「だって片親育ちの貧乏が、急に名のになれるわけじゃないじゃん」
雅代は今度こそ「玲奈」とい声をした。しかし娘の言葉を否定することはなく、俺に向かって申し訳なさそうにをげただけだった。その謝罪にも、「娘の言い方が悪かった」というはあっても、「考え方そのものが違っている」という響きはなかった。
俺はテーブルので握っていたをいた。
そして、静かに尋ねた。
「お父さんは央の取でしたよね」
玲奈の顔に、急に誇らしげなが戻った。
「そうだけど?」
「俺、そちらのをかなり使っているんです」
「ああ、座持ってるんだ」
玲奈はで笑い、ワイングラスを持ちげた。
「どうせ数百万くらいでしょ」
俺はしばらく彼女を見つめ、それからナプキンを静かにテーブルへ置いた。
「じゃあ、預移すね。全部」
玲奈は数秒ぽかんとしたあと、その夜で番きな声をげて笑った。
「どうぞ、勝にすれば?」
グラスので赤いワインが揺れていた。
「100万でも500万でも好きに移せばいいじゃん。パパの、そんな程度で困るほどさくないから」
その言葉を聞いて、俺は初めてしだけ笑った。
「分かりました」
そのの玲奈はまだらなかった。
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俺が央に置いているが、彼女の像している数字とは、桁から違うことを。
俺――柊宗介は、翌朝6半に目を覚ました。
んでいるのは都からで40分ほどれた築28のマンションで、広さも特別なものではない。リビングにはさなソファと本棚、仕事用の机があるだけで、が見ても42歳の独会社員の部としかわないだろう。も持っておらず、仕事へくは普通にを使っている。
キッチンで豆を挽きながら、昨夜のことをい返した。玲奈に笑われたことよりも、「まれでは決まる」と言い切ったの顔がかられなかった。俺個への侮辱だけなら、そのまま忘れることもできたかもしれないが、あの言葉を聞いた瞬、昔緒に暮らしていた子供たちの顔まで浮かんでしまった。
棚の端には、古びた写真てがつだけ置かれている。
児童養護施設「ひまわり園」をる直に撮った集写真で、央には当の園だった加先がいる。12歳の俺は番ろで笑っており、隣には6歳の瀬琢磨が、俺のの裾を掴むようにしてっていた。写真の角は変しているが、俺は30、度も捨てようとったことがなかった。
母がくなった、俺は何も持たずに施設へ来た。着替えが入った袋と、母が使っていた財布、それだけだった。
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当の俺は「施設にく」というすらよく理解しておらず、数すれば母が迎えに来るのではないかと、本気でっていた。
夜になると布団ので泣き、そのたびに加先が隣へ座ってくれた。先は「泣いていいんだよ」と言うだけで、無理に元気づけようとはしなかった。俺がし落ち着いた頃になってから、「そうちゃんには何もないんじゃない。これから自分で増やしていくんだよ」と教えてくれた。
学になる、い親戚が名乗りたため俺は施設をれたが、その活もくは続かなかった。へ学する余裕はないと言われ、聞配達との夜勤をしながら定制へ通った。古いパソコンをく譲ってもらったことをきっかけにプログラミングへになり、18歳の頃にはさな会社からシステム修正の仕事を請け負うようになっていた。
26歳の、決済システムを扱う会社をちげた。
現の社名はオルビット・ペイメント株式会社。ネット通販や売向けの決済基盤、企業送システム、正利用検サービスを扱い、社員数は約600まで増えている。にシステムを流れる取引額は数兆円規模になったが、俺自は昔と同じ部で暮らし続けていた。
節約しているわけではない。
価な物を買うことに、あまり興がないだけだった。
コーヒーをみ終えたところで、スマートフォンが鳴った。画面に表示されているのは瀬琢磨の名で、今ではオルビット・ペイメントの財務担当役員を務めている。