"月8万円の町工場社長" 第3話
「ありません。むしろ借が800万円あります」
子さんの目が瞬だけきくなった。
部が静かになった。これで終わったとい、俺は断りの言葉を受け取るつもりで膝ののを組み直した。
しかし顔をげると、子さんは困った顔をしていなかった。
それどころか、ししたように微笑んだ。
「浦さん。あなた、格です」
「……え?」
本当にの抜けた声がた。
「待ってください。今、借が800万円あるって言ったんですよ」
「伺いました」
「普通はそこで格じゃないんですか?」
子さんはし笑った。
「普通なら、そうかもしれませんね」
「じゃあ、何が格なんですか」
彼女は湯呑みに両を添えたまま、今度は真剣な表になった。
「私は、貯の額をりたかったわけではありません。浦さんが都の悪いことを隠す方かどうか、りたかったんです」
これまで子さんは14回のお見いをしてきたという。父親の会社との取引を最初から話題にする男、自分の収をく見せる男、婚約直まで借を隠し、最になって保証を頼んできた男もいたらしい。
「だから最初の頃に、おのことを伺うようになりました。おを持っているかではなく、その話をどうする方なのかを見るためです」
俺は居が悪くなった。
「でも俺は正直なじゃありませんよ。
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今は断られるために来ました。だから悪い条件だけ並べたんです」
「それも分かっていました」
子さんは俺のジャケットへ線を落とし、初めてし楽しそうに笑った。
「そのおと靴で、そうわない方が難しいです」
完全に見抜かれていた。
それでも彼女は、もう度会いたいと言った。
ホテルの玄関で沢渡さんと別れ、タクシーを待つい、子さんは着物の襟元を押さえながら俺へ向き直った。
「浦さん。次にお会いした、800万円の理由を伺ってもいいですか?」
「聞いても、いい話じゃありませんよ」
「それを決めるのは、聞いてからにします」
タクシーが来ると、子さんはくをげて乗り込んだ。
帰りので、俺はずっと同じことを考えていた。
なぜあのは「貯がありますか」と尋ねるようになったのか。そして、借800万円の男をにして、なぜあんな顔で「格」と言えたのか。
断られるつもりだった計画は、最初から完全に失敗していた。
2度目に子さんと会ったのは、6だった。彼女が選んだのは横浜駅からしれた古い喫茶で、最階の料亭とはまるで違い、テーブルにはさな傷があり、奥では常連客らしい老が聞を読んでいた。子さんは「ここのナポリタンが好きなんです」と言い、本当に迷いなく盛りを注文した。
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のコーヒーが届くと、子さんは回の続きを尋ねた。
「800万円のお話、無理でなければ聞かせていただけますか?」
俺はすぐには答えなかった。の事を誰かに話すことは、自分の失敗を見せるようで抵抗があったからだ。それでも、あのの子さんが俺の借を笑わず、良い話に作り替えようともしなかったことをいし、父がくなった4からしずつ話し始めた。
父は62歳で突然倒れた。まで普通に旋盤のへっていたが、そのの夕方にはもういなくなり、30歳だった俺は経営のことをほとんどらないままを引き継いだ。葬儀が終わって帳簿をくと3連続の赤字が並び、返済、材料代、具代、翌の料がすべて同じ通帳からていく現実を初めてった。
俺は度、を畳もうとしたことも話した。
「今なら械を売って退職をせる。みんなの次の仕事も探せるとったんです」
「従業員の方は、何と?」
「田辺さんにられました」
俺はし笑った。
田辺さんは「まともな終わり方って誰にとってまともなんだ」と言い、父に拾ってもらった恩があるから自分は逃げないと言った。さんも、子どもが浦製作所の仕事を誇りにしているから、もうし続けさせてほしいとをげた。
子さんは黙って聞いていた。
そのの帰り、俺は彼女を初めてへ招いた。
「見てから決めてください。は油で黒いし、械も古い。俺が話したことだけ聞いて、何か派なものだとわれる方が困ります」