"卒業3か月前に消えた娘" 第1話
199511、富郊にはまだ田畑がく残っていた。からしをらせれば、古い瓦根のの向こうに連峰が見え、その方で、昨まで田んぼだった所に事用の柵がち、がを掘り返している景も珍しくなかった。
蓮子は、そんなでまれ育った24歳の学だった。富学で国文学を学び、翌3には卒業する予定で、族はすでに「卒業式には何を着るか」「就職したらから通うのか」といった話を始めていた。
蓮子は5きょうだいの真んだった。に兄が2、に弟と妹がおり、父の茂は械部品を扱うさな商売を営み、母のすみ子はのの畑を守りながら子どもたちを育ててきた。
決して裕福なではなかったが、卓にはいつも誰かの声があった。蓮子はそのでは比較静かな子で、幼い頃から本を読むのが好きだった。
「また本か。そんなに読んでどうするんだ」
父にそう言われると、蓮子は本から顔をげずに答えた。
「読まないとらないままでしょ」
頑固だった、と族はに振り返る。ただし、理由もなくを張るような娘ではなかった。
学学のもそうだった。父は就職に利な学部を勧めたが、蓮子は国文学科を選んだ。
「文学で飯がえるのか」
「分からない。でも、私はこれを勉したい」
広告
結局、茂は折れた。
学に入った蓮子は文芸サークルに入り、い文章を元の広報誌へ寄稿することもあった。3になる頃から興は説や古典だけでなく、に残る昔話や、そこで暮らしてきた々の記憶へと向かっていった。
指導教官の結教授に、蓮子はあるこう言った。
「先、が覚えていることって、そのがいなくなったら緒に消えてしまいますよね」
「そうだな」
「だったら、消えるにき止めたいんです」
その言葉が卒業論文の発点になった。
4になった1995、蓮子は富郊でむ都発を題材に選んだ。建設や宅造成によってを放した民たちを訪ね、昔の暮らしやへのい、補償交渉の記憶を聞き取ることにしたのである。
録音とノートを鞄に入れ、蓮子はから集落を歩いた。齢者のにがり込み、茶をみながら2も3も話を聞くもあった。
最初の頃、蓮子は楽しそうだった。
「今のおばあちゃん、昔ここに川があったって言うんだよ」
夕にも取材の話をし、集めた資料を卓に広げることさえあった。だが、を過ぎた頃から、その様子が変わった。
論文について聞かれても、「まだ理してる」としか答えない。
以なら研究へ置いていたコピー資料も、すべて自分で持ち歩くようになった。
広告
結教授も変化に気づいていた。
あるのゼミの、教授は窓際に残っていた蓮子へ声をかけた。
「君、取材は順調か」
蓮子はしを置いてから頷いた。
「取材そのものは」
「そのものは?」
「先。のことを調べていたら、だけじゃない話がてきたら、どうします?」
「どういうだ」
蓮子は答えなかった。
机のに置いていた茶い封筒をすぐ鞄へしまい、曖昧に笑った。
「すみません。まだ、自分でもよく分からなくて」
その、教授は卒論にき詰まっているだけだとった。学の私活へく踏み込むことをためらい、それ以聞かなかった。
その判断を、結はく悔やむことになる。
蓮子が族に最に見せたらかな変化は、11初旬のことだった。
そのの夕方、叔父の達夫がを訪ねてきた。
達夫は父・茂の弟で、当41歳。以は都発に関係する仕事に携わり、そのは建設関係のコンサルタントとして独していた。
親戚のでは成功した物だった。
物腰は柔らかく、甥や姪には惜しみなく遣いを渡し、茂の商売が苦しいには取引先を紹介したこともある。
すみ子はよく言っていた。
「達夫さんが来ると、がるくなるね」
その達夫が、蓮子だけを縁側へ呼んだ。
2は20分ほど話していた。
何を話しているのか、のからは聞こえなかった。
ただ途で度だけ、蓮子の声がしきくなった。
「でも、それは違うとう」
母が聞き取れたのは、それだけだった。