"年商一兆円の父にワインをかけた婚約者" 第4話
「母さん、落ち着いてくれ。のも見てる」 圭吾が周囲を気にしながら貴恵の肩を抱いた。だが、圭吾の線もまた、宗郎に対してえ切った軽蔑を宿していた。
「お義父さん、いくらなんでも注すぎますよ。母がどれだけそのバッグを事にしていたか。……弁償、できますか? 百万じゃききませんよ」
百万。 その数字を突きつけられ、宗郎はをげたまま、じっと自分の元を見つめていた。 濡れたテーブルクロス、に落ちたいナプキン。 その屈辱な景をに、貴恵はさらに息を巻いた。
「ほら見なさい、黙り込んじゃって! やっぱり先だけのペテン師じゃない! こんなみすぼらしい男の娘を、うちの圭吾の嫁にしようなんて、図々しいにも程がありますわ!」
「お母様、もうたくさんです!」 綾の瞳から、悔しさとりの涙が溢れした。
「父をこれ以侮辱しないでください! 父は今のために、懸命準備して……私のために来てくれたんです!」
「答えをするのね」 貴恵は酷な笑みを浮かべ、テーブルのの赤ワインが入ったグラスをに取った。
「の程というものを、親子揃って教えて差しげないと分からないようですわね」
次の瞬、が凍りついた。
貴恵の首がしなやかに返された。 グラスから放たれたの液体が、美しい放物線を描いて宗郎の顔面へと直撃した。
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バシャ、という々しい音。 宗郎の髪混じりのから、額、頬、そして皺ひとつなくアイロンが当てられていた純のシャツへと、濃赤の染みが無慈に広がっていく。 アルコールのツンとした匂いと、熟成されたブドウの甘いりが、瞬にして個に充満した。
「お父さん……っ!」 綾の喉から、鳴が引き裂かれるように漏れた。
宗郎は目を閉じ、顔からワインの雫を滴らせながら、微だにせずち尽くしていた。 顎の先から、まるで赤い血の涙のように、ポタポタと絨毯へワインが落ちていく。
その姿はあまりにも痛ましく、惨めだった。 綾の全から血の気が引き、膝から崩れ落ちそうになるのを必で耐えた。
隣を見ると、圭吾は母親を止めるどころか、淡な笑みを浮かべてその景を見ろしていた。 姉の織は、ただ気まずそうに目を逸らしているだけだった。
「これでバッグの件はチャラにしてあげますわ。謝なさい」 貴恵は空になったグラスをテーブルに乱暴に置くと、勝ち誇ったように顎をしゃくった。
誰もが、宗郎が泣き崩れるか、あるいはり狂って取り乱すだろうとった。 だが――。
宗郎は、驚くほど静かだった。
娘が差ししたナプキンを静かに受け取ると、乱暴に拭うのではなく、まるで顔についた埃を払うかのように、ゆっくりと、丁寧に顔のワインを拭き取った。
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その所作には、切の揺も、卑屈さもなかった。
ワインで真っ赤に染まったシャツを見ろし、それから宗郎は、ゆっくりと顔をげた。
その瞳を見た瞬、綾は息を呑んだ。 そこにあったのは、屈辱に耐える初老の父親の目ではなかった。 何千もの命運を背負い、徹に判断をしてきた絶対な者だけが持つ、底れぬ静寂と威厳を湛えただった。
宗郎は、鬼のような形相の貴恵、嘲笑を浮かべる圭吾、そして涙に濡れる娘の顔を、順番に見つめた。
「……このお話は、ここまでにいたしましょう」
く、澄んだ声が、凍りついた個の空気を切り裂いた。
「な、なんですって?」 貴恵が眉をひそめた。
「ですから、この婚約は破棄とさせていただきます、と申しげたのです」
宗郎の言葉に、貴恵の顔がりで朱に染まった。
「よくもそんなが利けたものね! たかがワインをかけられたくらいで、うちとの縁談を断るですって!? どれだけの程らずなの、あんたは!」
「お義父さん、いくらなんでもそれは横暴ですよ」 圭吾も信じられないといった顔で宗郎を睨みつけた。
「母だってカッとなってやっただけで、悪気があってやったわけじゃない。僕たちをコケにする気ですか?」
宗郎は、圭吾を静かに見据えた。
「君は、君の母親が私の娘に対して向けた悪を、そして私の尊厳を踏みにじったこの為を目ので見ていて、何もじないのか? 悪気がない、で済まされると本気でっているのか?」