"夫が書いた私の退職届" 第11話
「それでも、らせてくれたことにです」
照子は窓のを見た。しい部からは、駅の桜並が見えた。
「私はね、あんたが仕事を辞めて世話をすればいいとったこともある。嫁はそうするものだと、自分も言われてきたから」
初めて聞く話だった。照子は夫の両親を介護し、その、勤めていた品を辞めた。介護が終わったには歳で、正社員の仕事へ戻れなかった。
「だから、あんたも同じ目に遭えば公平だとっていたのかもしれない」
照子は謝罪の言葉をにしなかった。それでも、自分の苦労を嫁へ受け継がせることが正義ではなかったと認めた。
「私は、お義母さんのを返せません。でも、同じことを繰り返さない選択はできます」
「偉そうね」
「お義母さんに鍛えられましたから」
照子はしだけ笑った。
その、私は浩へ同居を再しないと伝えた。婚を急ぐのではなく、互いに別ので暮らしながら婚姻関係を理する。夫も最終に受け入れた。
元の夫婦へ戻ることが、反省の証ではない。浩は自分の事と借を自分で管理し、私は自分の仕事と老を守る。会いたいに会い、無理な頼みは断る。
照子の誕、族で居の堂に集まった。豪華な祝いではなく、施設の昼にさなケーキをしただけだった。
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照子はケーキを切りながら、私へ言った。
「あんた、定も働くんですって?」
「週だけ」
「暇なら、たまには来なさい」
「暇かどうかは、私が決めます」
「本当に扱いにくい嫁ね」
「介護しない嫁ですから」
直が気まずそうにし、美咲が笑った。浩も遅れて笑った。照子は満そうに私を見たあと、自分のケーキを番きく切った。
私たちは完全に仲直りしていない。浩がついた嘘も、照子が浴びせた言葉も消えない。私も、困った族へいつでも優しくできるにはならなかった。
それでも、誰かの犠牲を族と呼ぶことはやめた。
必な介護は、本のと制度と、続けられる範囲の族の協力で組みてる。妻や嫁のを、最初から空いているとして数えない。
説会でもらった予定表には、《族ができること》ではなく、《本が望む活》という欄が最初にあった。
照子はそこへ、自分の字でいた。
《できる限り、自分で決める。できなくなったことは、を払って頼む。族には、頼むに聞く》
私はその文字を見て、の退職届をいした。に印字された私の名と、自分でかれた照子の言葉。
どちらも同じ族のだったが、そこにあるの持ち主は、まったく違っていた。
私は会社へ戻り、定の契約を自分で読んだ。勤務、仕事内容、与、更条件を確認し、分からない箇所へ印をつけた。
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署名欄には、まだ何もかなかった。
照子の言葉どおり、できる限り自分で決めるために、持ち帰ってもう度考えることにした。
族のためにきないのではない。
自分のを持ったまま、族と関わる。
歳でようやく覚えたその方法を、私はこれからので試していくつもりだった。
契約更の、私は週ではなく週の案をした。定だから責任を減らすのではなく、繁忙期の教育担当を引き受ける代わりに、介護や自分の通院があるは事に休める条件を求めた。
会社はすぐ承せず、件費と担当範囲を検討した。度の面談を経て、勤務は週を基本とし、繁忙だけ週に増やす契約になった。私の希望が全て通ったわけではないが、誰かに決められたへ署名するのではなく、条件を話しって選んだ仕事だった。
署名した帰り、照子へ報告すると、「を過ぎても働くなんて物好きね」と言われた。
「お義母さんも、毎朝自分でカーテンをけて、堂まで歩いているでしょう。続けたいことが違うだけです」
「私は活のためよ」
「私も活のためです。おだけじゃなく、自分のを自分で使う活のために」
照子は返事をせず、翌週の訪問を尋ねた。私は予定表を確認し、曜の午なら会えると答えた。
「以いたくなったら?」
「その、延ばせるか私に聞いてください」
照子は呆れたように笑った。それでも、勝に分を予約するとは言わなかった。
曜、私はさな菓子箱を持って居を訪ねた。照子は堂でりった女性と将をしており、私を待つために予定を空けてはいなかった。
「終わるまで座っていなさい」
以なら、自分を回しにされたことへ腹をてたかもしれない。今は、照子に私のらない予定と関係があることをうれしくった。
将が終わると、私たちはで菓子をべた。嫁と姑として何を話すべきか探さず、施設の事がいこと、私の会社のしい司が細かいことを、互いにしずつ愚痴った。
、私は計を見てちがった。照子は引き止めず、「次は栗の菓子にして」と言った。
「覚えていたら」
「忘れたら、私が先に聞くわ」
私たちは最まで、優しい嫁と理解ある姑にはならなかった。けれど、相のを奪わずに会えるにはなった。
帰りので、私は会社へ提した契約の控えをいた。署名欄には、違いなく自分の字で名がかれている。
その文字を見ながら、私はようやくった。
族を切にすることと、自分のを放すことは、同じではなかった。