"夫が書いた私の退職届" 第10話
浩は最初、私が母親を嫌っているから庭が壊れたと説した。相談員は、照子へのと、退職届、送、改修計画を分けて確認した。
「奥さまがお母さまを好きなら、同じ計画でも問題は起きなかったといますか」
浩は答えられなかった。相を好きか嫌いかにかかわらず、本の仕事や財産を無断でかせば問題になる。夫はの対へ話を変えることで、自分の続きを曖昧にしていた。
回目の相談で、私は過の事と育児の分担を話した。浩は自分も休に子どもを公園へ連れていったと言ったが、病院、学、毎の事はほとんど私が担っていた。
相談員は、どちらが苦労したかの勝敗を決めず、今緒に暮らすなら何を変える必があるかを尋ねた。浩は返済記録の共、事の固定分担、照子からの依頼を私へ渡すに自分で対応を考えることをいた。
私はそれでも、すぐ再同居する自信がないと伝えた。浩は「努力しても戻れないならがない」と言った。
「戻るためだけに変わるなら、戻った瞬に元へ戻る。あなた自がどんな活をしたいか考えて」
回目、浩は別居を受け入れた。罰として追いされるのではなく、自分の借と活を自分で管理する期と考えることにした。
私も、夫が苦しめば気が済むわけではないと気づいた。
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必なのは謝罪の回数ではなく、私が夫の失敗を埋めなくても活できる状態だった。
照子が骨折してから、彼女は杖を使いながら暮らしを続けていた。訪問リハビリは終し、買い物支援と見守りサービスだけ残った。
転倒へのが消えたわけではない。照子は度、浴でを滑らせ、緊急通報ボタンを使った。幸いきな怪はなかったが、その来事をきっかけに、サービス付き宅を再び見学した。
今度は「を追いされる所」とは考えなかった。事、自由、費用を自分で比べ、マンションを貸した賃とで払える部を選んだ。
定期賃貸の契約は、産会社と専の確認を受けて結ばれた。浩は保証になったが、賃の受取座へ触れる権限は持たなかった。
引っ越しの、照子は私へ器の理を頼んだ。
「全部任せるのではなく、だけなら伝います」
「嫁なのにを測るの?」
「なら、次も頼まれたに嫌いにならずに来られます」
照子はを鳴らしたが、タイマーが鳴るに作業を終えた。残りは処分業者へ頼んだ。
浩は借の半分以を返し、私は別居を続けていた。婚するか再び暮らすか、まだ結論はしていない。に度事をし、計と母親のことを話す。
夫は以のように「君がやってくれ」
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とは言わなくなった。照子の通院へけないは、奈津子や送迎サービスと調し、私には結果だけを共する。
直も変わった。祖母を助けるときく約束する代わりに、に度スマートフォンの操作を教える。できないは先に連絡する。
美咲は祖母との好みがわず、会えば論になる。それでも誕には話をする。仲良くすることだけが族を続ける方法ではなかった。
私の会社では、齢者向け注文の改善が全舗へ広がった。私は定も週、業務改善の契約職員として残らないか打診を受けた。
、浩がいた退職届を、私はまだ保管していた。復讐の証拠ではなく、自分の名で何かを決める権利を忘れないためだった。
照子の居で、入居者向けの族説会がかれた。職員が「主にお世話をされる方はどなたですか」と尋ねた。
浩がをくに、照子が答えた。
「主に世話をするのは、ここの職員さんと私です。息子と娘は連絡先。嫁は、来たいに来る」
相変わらずげのない言い方だった。けれど、私はその距が気に入った。
説会、照子は私へさな封筒を渡した。には、最初に浩が移した万円の返済完を示す通帳コピーが入っていた。
「あの子は全部返した。だから許せとは言わない。
返したという事実だけ、あんたにもらせておく」
「ありがとうございます」
「あんたには返してないでしょう」