"母親ではないと言われた日" 第4話
理子が自分の気持ちを理するためにいたもので、教師は本の許なく内容を広めない。ただし無断の迎えや転続きには、学側も確認を厳格にすることになった。
帰宅、私は玄関の鍵を交換した。は俊名義で、夫は反対したが、鍵を無断使用された経緯を説し、俊にもしい鍵を渡した。
「母さんを棒扱いするのか」
「誰であっても、んでいるの許なく入れないようにするの」
鍵を変えたから、族の問題が解決するわけではない。それでも、理子が帰宅して誰かが勝に待っているは減らせた。
鍵を交換した翌週、私はセンターできなミスをしかけた。理子のことを考えながら確認表を見落とし、乳製品を除する献の印刷枚数を違えた。荷の確認で止まり、事故にはならなかった。
司は事を尋ねず、再発防止の順だけを緒に確認した。私は族の問題があるから仕方ないと言い訳せず、作業を断したには最初から確認をやり直す欄を追加した。
帰宅、俊へミスを話した。夫は「母さんのことでげさに騒ぐから疲れるんだ」と言いかけ、途で止めた。
「僕が対応すべきことを君に任せたからだね」
その言で全てが許せたわけではない。それでも、俊が母親と私のの問題として片づけず、自分のを主語にしたのは初めてだった。
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私は夫へ、今、から理子に関する連絡が来たは、以内に共してほしいと頼んだ。即座に母へ反論する必はない。ただ、秘密のを作らないことを最初の約束にした。
週、から段ボール箱が届いた。には織のアルバム、理子の幼い頃の、母子帳が入っていた。
《本当の母親の記憶まで捨てるなら、そちらで処分してください》
を読んだ理子は泣かなかった。アルバムを冊ずつき、らない母親の顔を見た。
「私、捨てたいって言ってないのに」
私は織の品を収納棚へ置き、いつでも見られるようにした。私の写真と並べることも、別にしまうことも理子に任せた。
アルバムのから、さな育児記がてきた。が隠していた秘密ではない。俊もを忘れており、最の数ページは病院でかれていた。
織は理子の将来を細かく決めていなかった。《ピアノを続けてほしいとうけれど、この子が嫌なら私のにしない》《私がいなくなったあと、俊が誰かと暮らすなら、そのを私の代わりにしないでほしい。しい関係を作ってほしい》とある。
その文章は、を打ち負かす遺言ではなかった。正式な遺言でもなく、気持ちをいた個の記にすぎない。理子は必なページだけ写真に撮り、原本は父へ渡した。
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俊は記を読んで泣いた。
「織は、僕の再婚を認めていたんだな」
私は違を覚えた。夫はまた、くなった妻の言葉を自分が許された証に使おうとしている。
「事なのは、織さんが再婚を許したかじゃない。今、理子が何を嫌だと言っているかでしょう」
俊はすぐには答えられなかった。
その、夫はで母親のへった。は記を読むと、「病気でっていたの言葉」と退けたという。
「母さんは、織がくなったに、理子を守ると約束した。それを放したら、自分には何も残らないと言っていた」
の夫はにくなり、俊は仕事、奈津子は方の庭を優先した。姑は理子の世話をすることで族のに戻った。私の再婚は、その役割を奪う来事だったのだろう。
理由が分かっても、理子を支配してよいことにはならない。俊は初めて母親へ、転の予約を取り消し、学へ今連絡しないよう告げた。
は話を切り、翌から俊への連絡を絶った。夫は事もスマートフォンを確認し、眠れない夜が続いた。
私は慰めすぎなかった。母親の嫌を戻すために、また理子を差しすことだけは止めた。
育児記を読んだ理子は、織のことをもっとりたいと言った。俊は最初、楽しかったいだけを話そうとしたが、理子は「ったことも、失敗したことも聞きたい」