"母親ではないと言われた日" 第3話
俊の名も何度もてきた。
《お父さんに言ったら、おばあちゃんは寂しいからしてと言われた》《佳奈恵さんには言わない方がが平だと言われた》
私はページをめくるを止めた。だけの問題ではなかった。俊は娘の訴えを聞きながら、母親を傷つけない役目を歳の子どもへ負わせていた。
「どうして私に言わなかったの」
理子は私を見なかった。
「佳奈恵さんがると、お父さんが『やっぱり本当の親じゃないから分からない』って、おばあちゃんに話で言ってたから」
俊がちがった。
「そんなで言ったんじゃない」
「は分からない。でも、言ったことは覚えてる」
理子は最のページをいた。そこには翌週の付と、《転の見学》という文字があった。
は、内の私学へ理子を連れていく予約をしていた。保護者欄には俊、続柄欄には父とかれ、連絡先はの番号だった。
「私は転しない」
理子は父と祖母を交互に見た。
「それから、誰と暮らしたいか聞かれたら、私は佳奈恵さんと暮らしたい」
理子が部へ戻ったあと、奈津子は青いノートの内容について、弟と母へもう度話した。奈津子自も学の頃、美術部へ入りたかったが、が内申点に利だという理由で吹奏楽部へ入部届をしたという。
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「私は途で辞めた。その、お母さんは私が根気のない子だと親戚に話した。自分で選んでいないことを続けられなかっただけなのに」
は「あなたの将来を考えた」と答えた。奈津子は、その言葉を否定しなかった。母親なりの配があったことと、娘のを奪ったことは同に本当だと言った。
俊は姉の話を初めて聞いた。彼は男としてに期待された方、母親へ従えば褒められてきた。抵抗した姉が庭を乱すに見えていたのだ。
「僕は姉さんをわがままだとってた」
「そうう方が楽だったでしょう。お母さんの言うことを聞いていれば、良い息子でいられたから」
奈津子は理子の方になると宣言しなかった。ただ、今はの満を俊夫婦へ取り次がず、理子の予定にもをさないと決めた。族の問題から逃げるのではなく、自分が担ってきた役割をつりたのだった。
は「このに言わされたのね」と私を指した。理子は首を振ったが、姑は聞かなかった。
「血のつながらない女が、俊から子どもを奪おうとしている。織さんがきていたら許さないわ」
奈津子がそこで母を止めた。
「お母さん、転まで何を考えているの。学は理子の活でしょう」
は、現の公では学受験に利だと説した。
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私の編入相談会へき、理子を将来は薬学部へませる計画をてていた。くなった織が薬剤師だったからだ。
「織さんのを理子が継ぐのよ」
「お母さんは、織さん本からそう聞いたの?」
奈津子の質問に、は答えなかった。
俊は理子へ、「誰と暮らすかなんて言うな」と叱った。
「族を試すようなことを言ったら駄目だ。おばあちゃんがどれだけ傷つくとう」
私は初めて、夫ので理子の肩を抱いた。
「傷ついている子どもに、の気持ちまで面倒を見させないで」
俊は「君は母さんを追いしたいだけだ」と言った。私は鍵を返してもらい、学や習い事の変更を両親の同なしにわないよう求めているだけだと繰り返した。
話しいは決裂した。は鍵をテーブルへ投げ、「度と来ない」と帰った。俊は追いかけ、理子のそばに残らなかった。
その夜、私は理子に謝った。
「あなたに誰かを選ばせてしまった」
「選んだんじゃない。逃げられる所があるかりたかった」
理子の言葉で、私は自分がしてはいけないと分かった。娘が私を選んだことを勝利にすれば、と同じように理子を自分の側へ引っ張ることになる。
翌、私は学のスクールカウンセラーへ相談した。庭内の争いの判定を求めるのではなく、理子がに言えないことを話せる所を増やすためだった。
先は、青いノートを証拠として学へ預ける必はないと言った。