"廊下の清掃員が紡ぐ奇跡のメス" 第9話
「-ゼロ(8-0)プロリン糸」
髪の毛よりもはるかに細い、肉では捉えることすら困難な特殊な縫糸が渡された。 ここからが、世界で桐徹にしかできないとされる『桐式微血管吻法』の領域だった。 通常、微血管の吻は血管壁に過度な緊張を与えないよう、をかけて慎に仮止めを繰り返す。しかし桐は、特殊な連続マットレス縫を用い、内膜同士を完璧に反転させてミリ単位の血流抵抗すら排除する独自の技法を確していた。
「針を落とす」 桐の声が静まり返った術に落ちた。 全員が呼吸を止めた。観覧席のガラス越しに術を見守るマイケルやサラ、ダニエルズ院たちも、を乗りしてモニターの拡映像を凝していた。
針が、わずか直径ミリの脈の内膜を捉えた。 震えはない。迷いもない。 まるできている血管と対話するかのように、針先が滑らかに弧を描く。 針、針、針……。 拡モニターに映しされたその縫ピッチは、コンピュータで計測したかのように均等で、芸術な幾何学模様を描いていた。針糸が血管を通過するたび、周囲の組織への惜すらじさせる優雅なつき。
「これが……教科に載っている、本物のキリュウ・テクニック……」 ハミルトンの鏡の奥の瞳が、涙で潤んでいた。かつて論文の粗い模式図でしか見たことのなかった神の技が、今、目ので奇跡を紡ぎしている。
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最の結びが終わり、桐がハサミで糸をカットした。 「吻完。脈遮断を解除」
脈を挟んでいた鉗子がされた。 赤い、酸素を豊富に含んだ血液が、たに架けられた内胸脈のバイパスルートを通って、にかけていた筋へと気に流れ込んでいく。 鉛だった筋が、見るみるうちに鮮やかなピンクへと蘇っていく。
「筋温再加温。除細器、ジュールでスタンバイ」 桐が臓の表面に直接さなスプーン型の極を当てた。 「ショック」
トンッ。 さな衝撃がった。 その瞬――。 モニターの波形がねがった。
ドクン。 ドクン、ドクン、ドクン……!
力い、規則正しい洞調律のビートが、スピーカーから響き渡った。 止していた臓が、自らの力で、力い拍を再したのだ。
「サイナス復帰! 血圧、百の! 脈圧ライン、美しいちがりを見せています!」 麻酔科医が歓の声をげた。 「肺からの脱、スムーズにいけます! 係数(CI)2.8、能は完全に回復しました!」
「うそだろ……」 見学のマイケルが、そのにへたり込んだ。 絶望だった筋梗塞。どの名医が執刀しても術は免れないと匙を投げた症例を、この老は、たった本のメスと針糸だけで、完全にき返らせてみせたのだ。
桐は、ゆっくりと両を胸ので組んだ。
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「止血を確認、閉胸に移ってください。ハミルトン先、あとは頼めますか」
「桐先……!」ハミルトンが震えるで桐の腕を掴んだ。「見事でした……完璧などという言葉ではりない。あなたが、この国の医療の未来を救ったのです!」
桐は静かに首を振った。 「救われたのは……私のほうかもしれません」 そう呟くと、桐はく礼し、嵐のような気を残したままの術を、静かににした。
術が完全に終わり、ウェリントン議員が科系集治療(SICU)へと運ばれた、第術の照は半分落とされていた。 洗いのたいで、桐は何度も、何度もを洗っていた。 鹸を泡て、爪のをブラシで擦り、荒れた皮膚をに晒す。どれほど洗っても、のに染み付いた血の匂いは消えないような気がしていた。
ドアがき、ハミルトンが入ってきた。そのろには、ダニエルズ院、そして俯いたままのドクター・リーと研修医たちの姿があった。 誰もが、この偉な科医にどう言葉をかけていいのか分からず、ち尽くしていた。
「先」ハミルトンが、押し殺した声で切りした。「なぜ……なぜあなたほどの巨匠が、このような異国ので、清掃員などをされていたのですか。あなたの腕があれば、世界のどの学病院でも、学部や名誉教授の子をんで用したはずです」
桐は栓を止め、ペーパータオルで静かにを拭いた。