"十二年前、泥水に捨てられた私" 第14話
圭吾が静かに図をすと、警備員たちが隆司の体を抱えげ、ゴミ袋を引きずるようにしてラウンジのへと連れしていった。
扉が々しく閉ざされ、再び静寂が戻る。
奈緒はそっと息を吐き、子供たちの肩を優しく抱き寄せた。
「みんな、ありがとう」
「母さんを守るのは、僕たちの役目だからね」
陸が照れくさそうに笑い、紬が奈緒のに自分のをねた。
そこには、誰にも壊すことのできない、本物の族の絆だけがしていた。
*
あのパーティーの夜から数ヶ。
の破滅は、坂を転がり落ちるようにして完した。
会での息子の暴と、ラウンジでの醜態は、狭い業界ネットワークを通じて瞬くに広まり、の信用は完全に失墜した。
主な取引先は次々と契約を解除し、は切の猶予を与えずに担保産の差し押さえを実した。
百続いた老舗呉『』の板は、あっけなく取りされた。
敷ももすべて失った隆司は、完全にきる気力を失い、アパートので朝から晩まで酒を煽るだけの廃となった。
折、濁った目で空を眺めては、「奈緒……紬……」とうわ言のように呟くだけの、ける屍と化していた。
絵里の迎えた結末もまた、獄そのものだった。
自だった「名の若女将」という肩を失い、残されたのは、ますます凶暴化して警察の厄介になり続ける息子の翔太と、認症の兆候を見せながら毎絵里を罵り続ける元姑の静子、そして数千万円に及ぶ連帯保証の借だけだった。
広告
「どうして……どうして私ばっかりこんな目に遭うのよ……!」
暗い台所で、絵里が吐きす嘆きに答える者は誰もいなかった。
かつて親友を裏切り、の幸せを奪した代償は、彼女の残りののすべてを費やしても払い切れないほど、あまりにもくくついたのだった。
*
初の柔らかな陽がり注ぐ午。
奈緒は、をらせていた。
向かった先は、かつて紬ときりで暮らしていた、あの造畳半のアパートがあった所だった。
古いアパートは疾の昔に取り壊され、そこには真しいコインパーキングが広がっていた。
を止め、アスファルトの敷を静かに見つめる。
ここで、何度たい夜に震えながら紬を抱きしめただろう。
ここで、何度の見えない暗に押し潰されそうになりながら、涙を呑み込んだだろう。
だが、あの絶望の々があったからこそ、自分は歩を踏みすさをに入れることができた。
のの痛みに寄り添い、真実のを見分ける目を養うことができたのだ。
「……ありがとう、あの頃の私」
奈緒はので、まみれになりながら戦い抜いた、かつての自分に語りかけた。
「辛かったよね。怖かったよね。でも、あなたが諦めずにを向いてくれたから……今の私が、ここにいるよ」
胸の奥にあった最のわだかまりが、初のに溶けて消えていくのをじた。
広告
奈緒はく礼し、度と振り返ることなくを発させた。
バックミラーに映るパーキングの景が、ぐんぐんさくなっていく。
それは、彼女が惨めな過と完全に決別した瞬だった。
邸宅に戻ると、広いリビングから子供たちの賑やかな笑い声が聞こえてきた。
玄関のドアをけると、番に末っ子の結菜が駆け寄ってくる。
「ママ、おかえりなさい!」
「ただいま、結菜」
ぎゅっと抱きしめると、柔らかな髪から向の匂いがした。
リビングでは、圭吾が息子の陸や湊とボードゲームを囲んで真剣勝負を繰り広げ、ピアノの部からは音が奏でる美しいショパンの調べが流れている。
キッチンでは、になった紬が、夕のサラダを際よく盛り付けていた。
「お母様、おかえりなさい。今はお父様がく帰ってきてくださったのよ」
「そう、よかったわね」
奈緒はエプロンを締め、族の輪のへと歩みをめた。
のない常。
誰かを蹴落とすことも、柄を誇ることもない、ただ互いを慈しみい、尊しう温もり。
それこそが、奈緒が命がけでに入れた、何物にも代えがたい真実の宝物だった。
*
それからさらに数の歳が流れた。