"十二年前、泥水に捨てられた私" 第6話
そして、湯気をてるマグカップを見つめた、目のにつ奈緒をじっと見据えた。
除けのエプロンを着け、髪をろで束ねた若い女性。
は赤く荒れ、疲労のが濃いにもかかわらず、その瞳だけは澄み渡り、純粋な気遣いに満ちていた。
「……君が、介抱してくれたのか」
「でしゃばった真似をして申し訳ありませんでした。すぐに自分の仕事に戻りますので」
奈緒がく礼してちろうとした、圭吾が呼び止めた。
「待ってくれ」
奈緒が振り返ると、圭吾はデスクのの湯をに含み、ふっと肩の力を抜いた。
「助かった。……ありがとう」
その言葉はかったが、彼の張り詰めていたの鎧が瞬だけ解けたような、い響きを持っていた。
翌朝、奈緒が再び最階の清掃に入ると、会のデスクのに、見慣れないさな袋が置かれているのに気づいた。
袋の横には、美しい万の文字でメモが添えられていた。
『成瀬さんへ。先は救われました。荒れが酷いとお見受けしました。些細なものですが、使ってください。 神崎』
袋のには、製の保湿ハンドクリームが入っていた。
奈緒は胸の奥がじんわりとくなるのをじた。
見されること、罵られることに慣れきっていた々の活ので、こんなにのとして謝されたのは、いつ以来のことだっただろう。
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そのクリームを使うのはあまりにもったいなくて、奈緒は畳半のアパートのさな棚に、お守りのように切に飾っておいた。
それから週ほど経った、あるの夜勤の終わりのことだった。
奈緒がの休憩で片付けをしていると、スーツ姿の圭吾がでふらりと姿を現した。
驚いて直になる奈緒に、圭吾は自販売で買った温かい緑茶の缶を差しした。
「し、話せるだろうか」
案内されたのは、社員用の無のラウンジだった。
圭吾は奈緒の元――相変わらず荒れているが、どこか丁寧に爪が切り揃えられた指先――を見つめ、静かに切りした。
「失礼を承で聞くが……君はなぜ、あんなさな子供を連れて、このに働いているんだ?」
普段の奈緒なら、に過を語ることなど決してしなかった。
詮索されるのも、同されるのも、軽蔑されるのも嫌だったからだ。
だが、圭吾の瞳にあったのは、好奇ではなく、くをい遣る静謐な真摯さだった。
奈緒は堰を切ったように、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
老舗呉に嫁ぎ、跡継ぎの男児を産めなかったこと。
娘が未熟児でまれ、義母から罵倒され続けたこと。
親友に夫を奪われ、男の子をごもった親友と夫からを追いされたこと。
そして、砂りのの、ヶの紬を抱えて叩きされたこと――。
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語るうちに、奈緒の目から涙が零れ落ちた。
圭吾はを挟むことなく、ただ静かに、奈緒の言葉をすべて受け止めるように聞き届けてくれた。
話し終えた、奈緒はさく息を吐いた。
誰にも言えなかった荷を、初めて誰かと分かちえたような、議な軽やかさがに広がっていた。
圭吾はく息を吸い込むと、真っ直ぐに奈緒の目を見つめた。
「成瀬さん。もしよければ、私の会社で、正社員として働かないか」
「……えっ?」
奈緒は自分のを疑った。
「清掃の仕事ではない。本社の総務部だ。もちろん、娘さんのことは最限に配慮する。社内に提携している企業主導型の託児所があるから、そこを配しよう。あそこなら、君が仕事をしている、全に預けられる」
「で、ですが……私には卒の学歴も、事務の経験もありません。パソコンだって、ろくに触ったことがないのに……!」
「経験や資格なら、からいくらでもにつけられる」
圭吾はきっぱりと言い切った。
「私が求めているのは、責任があり、誠実で、何よりの痛みが分かるだ。君はあの朝、見ずらずのき倒れの男に対して、損得勘定なしにを差し伸べてくれた。私は、君のようなを仲に迎えたいんだ」
あまりに破格で、あまりに突然の救いの。
奈緒の胸は激しく波打った。
このを取れば、あの極貧の活から抜けせるかもしれない。
紬にもっと分な栄養と、温かいを与えてあげられるかもしれない。