"300億円が消えた結婚式" 第1話
「まあ、お兄さんとでの丈にあった相を探してくださいね。」
品な声だった。園部正子は言われたら汚れたものに触れた指を払うようにしてをろした。
1018、その言までを順に話せば、挙式は11のはずだった。宴会は暗いままで、クロスに皿もグラスもない。郎控の扉をけると、タキシード姿の兄がで座っていた。両に膝を置き、まっすぐを見ていた。目だけが赤い。
「お兄ちゃん、えりさんは来ないって。」
兄の声はかすんでいた。結婚も式も全部ドッキリだったって。私は兄の隣に腰をろした。そこへえりさんの父親が入ってきた。央の会だ。私は度だけ確かめた。
「央でしたよね。」 「ああ、私が会だ。」
得そうな返事だった。私は携帯話を取りした。このたちはまだ度も聞いたことがない。うちの会社の300億円がこのに置かれていた理由がたった1つしかなかったこと。
私は柏、35歳。仕事は化粧品を作って売ることだ。会社の名はミレイビューティグループという。化粧品と美容サロン、美容クリニックの製品と運営の支援、それにインターネット販売を扱っている。本社はシンガポールにあり、私はそこの創業者でグループの会をしている。国内の主力である株式会社ミレイでは社も兼ねている。
広告
偉そうに聞こえるだろうか。社員は本とをわせて4000を超えた。国内だけで1200いる。ドバイにも韓国にも欧州にもがある。ただし本のテレビや雑誌に私の顔がたことは度もない。仕事では柏という苗字を名乗らない。ブランドと同じカタカナのミレイという呼び名だけで通している。取引先に回る資料にもにる商品にも私の本名はどこにもていない。だから私をっているは私が誰の妹なのかに気づかない。
兄の名は柏琢磨、43歳。名建材という堅の建材メーカーで資材の主任をしている。勤続22、収は620万円だと本が笑って言っていた。
23の2、両親が国で事故に遭ってくなった。央線からはみしてきた型に正面からぶつかられたのだとで聞いた。私は12歳で、兄は20歳だった。葬儀の、おばの静さんが台所で静かに話しているのが聞こえた。
「男の子はもう働けるけど、の子はね、施設も考えた方がいいんじゃないの?」
悪気があったわけではないとう。47歳の主婦に12歳を引き取れという方が無茶だ。だから私はその声をんでいない。んでいないのは、あのに別の声があったからだ。
「僕が育てます。」
兄が言った。20歳の兄は学の2で、翌週に休みの旅へく予定だった。
「琢磨君、あんた自分の活はどーすんの?」
広告
「働きます。学はやめます。」
それだけだった。兄は本当に学に退学届をして、翌から昼と夜に分けて働いた。朝は建材の倉庫、夜は駅の居酒。21歳で名建材の正社員になってからも、しばらく夜の仕事は続けていた。私は制を着てへ通い、そのまま学までた。4の学費がどこからていたのか、私はずっと聞かなかった。聞けば兄が困ると分かっていたからだ。1度だけ学1のに聞いたことがある。
「お兄ちゃん、おりてる?」 「りてるよ。」 「本当に?」
兄は台所で噌汁をかき混ぜたままこちらを振り向かなかった。
「の配はするな。おは勉しろ。」
それが兄の癖だった。23で何度聞いたか分からない。私が化粧品の会社に入りたいと言った、反対しなかったのも兄だけだった。おばはに職の方がいいと言い、叔父は返事もしなかった。兄は履歴のき方を調べてきて、面接の練習に付きった。演技のできないだったので面接官の役はずっと棒読みだった。
会社が回り始めてから、私は何度か兄にを渡そうとした。を買ってやると言ったこともある。も旅も全部断られた。
「俺は妹からをもらうために育てたんじゃない。」
その言で毎回終わった。私はもう言わなくなった。言わない代わりに正と誕だけは押し付けることにした。
のの誕は靴だった。兄はその靴で会社へっている。