"離婚後、義母のカードを止めました" 第2話
しばらく、返事はなかった。
「……何を言ってるの?」
「3に辞めています」
「嘘よ」
「正確には、辞めたのではありません」
私は類のを指でなぞった。
「懲戒解雇されています」
話の向こうから、波の音だけが聞こえていた。
健と会ったのは、私が31歳のだった。卒業から働いていた会計事務所の同僚に誘われた事会で、3歳の彼は紺のスーツを着て現れた。誰もが名をる央商事に勤めていると聞き、当の私は、それだけで自分とは違う世界のだとった。
健は最初、とても優しかった。「飾らないところが好きだ」と言い、仕事の話をするとに聞いてくれた。私が学へかなかった理由も、父が倒れて学費用を計に回したからだと説すると、「学歴なんて関係ない」と言ってくれた。
ところが結婚の挨拶にった、その言葉がっぺらいものだったことをった。
料亭の個で初めて会った子は、私の履歴でも確認するように質問を続けた。父の職業、母の実、んでいる、卒業したまで聞いたあと、学へっていないと分かると、骨に表を変えた。
「卒なの?」
子は湯呑みにを伸ばしながら、私の顔ではなく健の方を見た。
「健、あなた本気なの? 央商事にはもっとちゃんとしたお嬢さんがいるでしょう」
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私は俯いた。隣に座る健がかばってくれるとったが、彼は困ったように笑っただけだった。
「まあ母さん、涼子も結婚したら々勉するって言ってるし」
その瞬、胸の奥にさな違が残った。しかし私は、結婚すれば分かりえるとった。
今えば、あのにすべての答えはていたのかもしれない。
結婚、健の希望で私は会計事務所を退職した。彼は「俺の収入だけで分暮らせる」と言い、妻がで忙しく働くより庭を支えてほしいと話した。私も父の通院を伝う必があったため、その提案を受け入れた。
ところが実際に始まったのは、支えう活ではなかった。
子は週に2度、いは3度も予告なしにマンションへ来た。蔵庫をけてを確認し、を指でなぞり、噌汁をんでは「い」「こんなものを健にべさせているの」とため息をついた。
健も止めなかった。
「母さんは悪気ないんだから、適当に聞いておけばいいだろ」
そう言いながら、自分もしずつ子と同じ言葉を使うようになった。
「学てないから、そういう常識らないんじゃない?」
初めて言われた夜、私は洗面所で泣いた。翌朝には何もなかったように朝を作り、健のワイシャツにアイロンをかけた。
それが妻というものだとい込もうとした。
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ただ、完全に仕事を辞めたわけではなかった。私は以の司から頼まれ、宅でさな会社の帳簿理や決算資料の確認を始めた。報酬は最初こそに数万円だったが、紹介が増えるにつれて仕事量も増えていった。
夜、健が寝たあとに簿記や監査の勉も再した。学へけなかったことを悔していたわけではないが、「学歴がないから分からない」と言われ続けるうちに、自分自までその言葉を信じそうになっていたからだ。
だから私は、誰かを見返すためではなく、自分の元を確かめるために勉した。
数かけて試験を通過し、実務件も満たした。
資格証が届いた、私は健に見せた。
「公認会計士になったの」
ところが彼は、ゲームの画面から目をげただけだった。
「へえ。でできるんだろ? じゃあ事には響ないよな」
それで会話は終わった。
子には話さなかった。
健が話す必はないと言ったからだ。
「母さんに言ったって資格のことなんか分からないよ。それより変に自信つけて働きされたら、のことがおろそかになるだろ」
その頃から、私は自分の収入を自分名義の座へ貯めるようになった。活費は健が入れていると信じていたが、計簿をつけているうちに奇妙なことに気づき始めた。
彼の料と、入のがわない。
賞与がたと言うほど、計への入がない。
それなのに子への仕送りや旅代だけは、毎途切れることがなかった。