"息子の婚約者の母は、20年前の女だった" 第1話
「子どもたちには、絶対に黙っておきましょう。お互いのために」
級料亭の暗い化粧で、鏡越しに私を見つめながら、その女はい声でそう言った。
つい数分まで、息子の学歴や勤務先を値踏みするように聞きながら、品な笑みを浮かべていた女性だった。息子・健の婚約者である苗の母、恵子。
けれど今、彼女の顔からはらかに血の気が引いていた。
私は何も言わなかった。たいが流れる洗面台の縁にを置き、指先へ静かに力を込めただけだった。
恵子は、私が言葉を失ったのを怯えているからだとったのだろう。
「分かってくださったわね」
そう言いたげに私を瞥すると、に化粧をていった。
私は鏡のの自分を見つめた。
20なら、ここで泣いていたかもしれない。りに任せて問い詰め、どうしてあんなことをしたのかと叫んでいたかもしれない。
でも、今の私は違った。
ハンドバッグのには、茶い封筒が入っていた。
そこには、恵子の現について調べてもらった報告が収められている。
彼女はまだらない。
私が20の、ただ泣くことしかできなかった女ではないことを。
計の針をしだけ戻す。
そのは、健と苗の両の顔わせだった。
健は、私が1で育てた息子だ。今からきな総病院で医師として働き始めた。
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私にとっては、20の苦労がようやく形になったような、で最も誇らしいのはずだった。
苗は控えめで、言葉遣いも穏やかな優しい女性だった。健が彼女を初めてへ連れてきた、私はすぐにした。
「お母さん、苗と結婚したいとってる」
健がそう言った、私はから嬉しかった。
けれど、今初めて会った苗の母・恵子は、最初からどこか違っていた。
料亭の個へ通され、挨拶を交わしてもなく、彼女は私に向かって元だけで笑った。
「ゆみさんは、ずっとお1で健さんを育ててこられたとか。変でしたでしょうね」
言葉だけ聞けば同しているようだった。
だが、その声には妙な優越がにじんでいた。
「うちの夫の誠は会社役員をしておりますの。苗には幼い頃から何自由なく、できる限りの教育を受けさせてきました」
美しい刺の皿にも目を向けず、恵子は続けた。
「やはり両親が揃っている庭というのは切ですものね。子どもの形成にも響しますし」
部の空気が瞬止まった。
健の表が険しくなるのが分かった。
彼は何か言おうとしたが、私はテーブルのでそっと息子の膝に触れ、首を横に振った。
今は2のためのだ。
私の過の傷で、このを壊したくなかった。
私は静かにお茶をへ運んだ。
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すると、私が反論しないことに気を良くしたのか、恵子はさらに言葉をねた。
「それにしても健さんは派になられましたね。お父様がいらっしゃらないのに、よくをれることもなく」
そのだった。
私は湯呑みを持つを止めた。
声のさ。
笑うの息の抜き方。
そして、を見すだけの角をわずかにげる癖。
胸の奥に、20閉じ込めていた記憶がゆっくり浮かびがった。
私は改めて恵子の顔を見た。
齢をね、化粧も濃くなっている。
髪型も違う。
それでも、その目だけは変わっていなかった。
20。
5歳だった健のを引き、のへ追いされた私。
玄関の奥で、夫の背から勝ち誇ったように私を見ていた若い女。
「これからは私がこのを守るから。あなたはもう必ないでしょう」
あのの女。
私の夫と関係を持ち、庭を壊した女。
それが、今目のに座っている恵子だった。
指先がわずかに震えた。
いお茶が1滴、着物の膝へ落ちた。
それでも私は表を変えなかった。
ただ、まっすぐ恵子を見た。
その線で、彼女も気づいたのだろう。
それまで饒舌だった恵子が突然数を減らし、落ち着かない様子で何度も私を見た。
そして、やがて席をった。
「し化粧へ」
私はしを置いてから、そのを追った。
そして冒の言葉につながったのだ。
「子どもたちには、絶対に黙っておきましょう。お互いのために」
お互いのため。