"合格発表の日、父は消えた" 第8話
病院は群馬県警へ元照会を依頼した。
そのころ埼玉県警では、正雄が川へ入った能性をに捜索していた。群馬県から届いた照会票も確認されたが、担当者は別と判断した。
照会票の男性は靴を履いておらず、套もなかった。は推定値が正雄より5センチく、齢も40歳と記載されていた。
正雄は当47歳だった。
さらに埼玉側の資料には、《額の負債を抱え、自発に失踪した能性》とかれていた。方、群馬の男性はい記憶障害があり、数キロ歩くことも難しいと判断されている。
担当者は、川から群馬まで自力で移できるはずがないと考えた。
実際には、正雄は倉庫をたあと公衆話まで歩き、その、通りかかった貨物トラックに乗せてもらっていた。
トラック運転は、正雄が「駅」「病院」と繰り返したため、崎方面まで乗せた。しかし途で正雄の容体が悪化し、肩へを止めて救急を呼んだ。
その証言は当の警察記録にも残っていた。
ところが運転は正雄の失踪事件をらず、正雄も自分の名を言えなかった。2つの記録が結びつくことはなかった。
元の男性は約6か入院し、その、県内の康復施設へ移された。施設では仮に《田正》という名が与えられた。
宮と千は施設を訪れた。
建物は改修されていたが、当の職員が2残っていた。
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護師の藤井佳代は、名の分からない男性をよく覚えていた。
「穏やかなでした。の音がすると窓へき、ずっとを見ていました」
正雄はタクシーの写真を見せると、指で運転席を示した。ハンドルを握る作もできたが、自分がどこで働いていたかはいせなかった。
記憶は断片に戻った。
いエプロンをつけた妻の姿、娘とべたカレー、黄い。それでも名や話番号にはつながらなかった。
「聞の失踪記事を見せれば、気づいたのではありませんか」
千が尋ねると、藤井は申し訳なさそうに首を振った。
「施設では埼玉の方を取っていませんでした。当はインターネットで簡単に検索できる代でもありません。警察の照会で該当しないと言われ、私たちも県の失踪者までは調べませんでした」
正雄はリハビリとして文字の練習を続けていた。
最初にけたのは《》だった。次が《》、その次が《娘》だった。
2005ごろには、自分の名に「正」という字が入っていることをいした。しかし姓までは戻らなかった。
施設は何度か警察へ再照会を依頼したが、しい報はなかった。
2008、正雄は臓の病気を発症した。
そのころには簡単な会話ができるようになっていたが、記憶の回復には限界があった。自分には娘がいて、その娘が学を受験していたということだけを、繰り返し話した。
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「娘さんの名は、千さんだといます」
藤井は古い練習帳を千へ渡した。
何ページにもわたり、《ちはる》《千》《むすめ》という文字がかれていた。
半のページには、黄い鉛でが描かれている。
の横には、定な字でこう記されていた。
《ごうかく おめでとう》
正雄は20094、施設内でくなった。
失踪から6だった。
元は最まで分からず、施設と自治体が葬儀をった。遺骨はくの寺にある共同墓へ納められていた。
「父は、私が学へかなかったことをらなかったんですね」
千の声に、藤井は静かにうなずいた。
「佐伯さんの記憶のでは、娘さんは学に格していました。いつも、うれしそうに話していました」
千は練習帳を胸元へ引き寄せた。
父は娘を捨てて逃げたのではなかった。
娘から帰ってくるなと言われたと信じ、混乱したまま病院へ向かい、その途で自分の名と帰る所を失った。
それでも最まで、千の格だけは覚えていた。
美咲は、瀬の計画どおりに学へ入学していなかった。
正雄が失踪した数、学から予備へ本確認の連絡が入った。瀬は美咲に、本物の千が学を辞退したため、推薦類をそのまま使用できると説した。
しかし美咲は署名を拒んだ。
倉庫に残された正雄の姿が、かられなかったからだ。