"3年の介護と兄のタワマン頭金" 第9話
私の。 を使い果たし、料から母の活費を補填し、夜に痛むをさすり、毎朝血圧を測り、デイケアの見学にり回った。
その全てが、このにとっては「邪魔」であり、「恩着せがましい支配」だった。
健は、母の剣幕にし怯みながらも、すぐに勝ち誇ったような笑いを浮かべた。腕を組み、私を見ろすように言った。
「聞いたかよ、麻子。母さんだってこう言ってるんだ。おがやってたことは全部、ただの自己満なんだよ。おが勝に実に居座って、親を独占していい気になってただけだ」
健はバッグから朱肉を取りし、ポンとテーブルのに置いた。
「母さん、ここに名いて、拇印でもいいから押して。実印はで俺が預かるから」
「ええ、押すわよ。健、く京へ連れてっておくれ。こんなたい娘ときりでいたら、気が狂いそうだわ」
母は震えるでボールペンを握り、遺産分割協議の署名欄に、自分の名を躊躇なくき殴った。 そして、朱肉を親指に擦り付け、名の横に力任せに押し付けた。
真っ赤な拇印が、いのに鮮血のように広がった。
健はその類を満そうに引き寄せ、今度は私の目のへ突きした。
「ほら、麻子。次はおだ。実印せよ。印鑑証は週けに自分で役所って取ってこい。
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郵送でいいから俺の会社に送れ」
朱肉の匂いが、をついた。
テーブルのには、母が握りつぶした参の皮と、こぼれたたい緑茶と、真っ赤な親指をハンカチで拭う母の姿があった。母は私を度も見ようとせず、息子の顔だけをすがるように見つめていた。
胸の奥で、カチリと何かがれる音がした。
りも、しみも、悔しさも、急速にを失っていった。 まるで真のに放り投げられたように、考が異常なほど静かに、澄み渡っていくのが分かった。
私はテーブルのに置かれた遺産分割協議を見つめた。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「押さないよ」
健の笑顔が消えた。
「……は? お、母さんの今の話聞いてなかったのか?」
「聞いたよ。よく分かった」
私はちがった。の震えは完全に止まっていた。
「お母さんが兄さんと京へきたいなら、どうぞ自由にって。止める権利は私にはないから」
「だったらハンコ押せよ!」
「押さない。こののお父さんの遺産は、法律に従ってきっちり分の、私の座に振り込んでもらう。それが完するまで、遺産分割協議には絶対に判を押さない」
「おっ……!」
健がちがり、私に掴みかかろうとを伸ばした。 だが、私が切を引かず、真っ直ぐにその目を見返すと、健のは空で止まった。会社で部にパワハラをするのような、浅い威嚇が通用しない相だと気づいたの揺が、兄の目にった。
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「麻子! あんた何て親孝なことを!」
母が座卓を叩いて叫んだ。
「親孝で結構です」
私は母を見ろした。 度も使ったことのない、に接するような丁寧な敬語が、自然とからた。
「お母さんが私のことを『恩着せがましい召使い』だとってたなら、もうその役目は今で終わりにします。どうぞ自の息子さんに、至れり尽くせり介護してもらってください」
私は居をて、廊を歩いた。
背から健の鳴り声と、母の切り声が追いかけてきた。
「おい麻子! 待てよ! 付の決済期があるんだぞ! おが判を押さなきゃ、契約が流れるんだぞ!」
「麻子! 親に向かって何て言いなの! 戻ってきなさい! 謝りなさい!」
私は度もち止まらずに自へ入り、内側から鍵をかけた。
静まり返った畳。 本棚には、父がに買ってくれた辞や、代の教科が並んでいる。 押し入れの奥には、母のために買い置きした用のオムツと、湿布の箱がつ積んであった。
私はスマートフォンを取りし、画面をタップした。
いたのは、元の賃貸物件報サイトだった。 島駅の、会社まで自転で分。築、オートロック付きのワンルームマンション。賃は万千円。即入居。
その物件の内見予約ボタンを、私は迷わず押した。
階からは、健が誰かに話をかけながら、苛たしそうに廊を往復するい音が響いていた。