"3年の介護と兄のタワマン頭金" 第8話
母さんだって、嫁と毎顔突きわせるより、気楽な暮らしの方がいいに決まってるよ」
「でも……階段は、ちょっと……」
母の声が微かにさくなった。退院して以来、あれほど自信満々だった母が、初めて見せたの表だった。
健はそのを押し潰すように、で畳み掛けた。
「丈夫だって。すりにつかまれば階くらいすぐ登れるよ。それに母さん、平は朝のうちにでうちに来てもらってさ、翔太の幼稚園の迎えとか、簡単な晩飯の支度を伝ってくれればいいから。夕方までうちにいて、夜は自分の部で静かに寝る。完璧じゃないか。京で孫の面倒見ながら暮らせるなんて、島でで寂しく朽ち果てるより何倍も幸せだよ」
朝、の悪い体で満員とバスを乗り継いで豊洲までき、歳の男の子の世話と事をこなし、夜にまた区の古いアパートへ帰る。
それを「完璧」と言い切る兄の神経に、吐き気がした。
「兄さん、いい加減にして」
私は遺産分割協議をテーブルの真んへ押し戻した。
「このを売った千百万のうち、お母さんの法定相続分は半分の千百万。私の分は分ので百万。兄さんがタワマンのに実のを丸ごと使って、お母さんをそんなボロアパートに万で放り込むなんて、絶対に認めない」
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「麻子、お調子に乗るなよ!」
健が座卓を拳で叩いた。湯呑みがびね、緑茶が畳のにこぼれた。
「法定相続分? 権利? お、親の遺産をアテにしてきてんのか? 恥ずかしくないのかよ! 俺はな、望の男として、京で流企業に勤めて、を買って、族を養ってんだよ! 実の資産を効に使って何が悪い! 田舎の運送でぬくぬく事務やって、結婚もせずに実に居座ってただけの来損ないが、偉そうにを挟むな!」
健の顔は赤く充血し、額に青筋が浮きていた。
子どもの頃、私のテストの点が兄より良かった。 私が推薦で元の学に受かり、兄が私の滑り止めしか受からなかった。 父と母が「健は男だから」「健は本番にいだけ」と庇う横で、健が私に向けていた、あの激しい憎悪の混ざった目そのものだった。
私は母を見た。
母は震えていた。 だが、その線は健に向けられてはいなかった。
母の目は、私を睨みつけていた。
「……麻子」
く、押し殺したような声だった。
「あんた、お兄ちゃんに何ての利き方をするの」
私の臓が、トクンとくねた。
「お母さん……? 今の話、聞いてた? 兄さんはお母さんをタワマンに呼ぶ気なんて最初からないんだよ。実のおを全部自分のにして、お母さんをで――」
「うるさい!」
母は叫んだ。
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枯れた声が居に響き渡り、壁のカレンダーが揺れた。
「うるさい、うるさい! あんたは何でそうやって、いつもお兄ちゃんのを引っ張ることばかり考えるの!」
母はちがろうとしてに激痛がったのか、顔を歪めながら座卓に両をついた。
「健はね、京で派なマンションを買うの! 望の誇りなのよ! そのに実のおを使って何が悪いっていうの! 私がどこにもうが、息子の役にてるなら本望じゃないの! あんたみたいにね、元から歩もられず、結婚もできず、親のスネかじって介護の真似事して恩着せがましい顔してる娘より、健の方が何百倍も私のことを考えてくれてるわよ!」
息ができなかった。
胸の真んに、たい鉄の杭をく打ち込まれたような衝撃だった。
「……介護の真似事?」
私のから、乾いた声が漏れた。
「私がやってきたこと、全部、真似事だったの?」
「そうよ! あんたが勝にやってたんでしょうが! 頼んでもいないのに病院に通い詰めて、会社を退して、私がな寄りみたいに扱って! 健が京から私を引き取りに来てくれるのを、あんたはずっと邪魔したかっただけじゃない! 自分が惨めだから、私をこのに縛り付けて、召使いみたいに使いたかっただけでしょう!」
母の言葉は、止まらなかった。
それは今いついた言葉ではなかった。父がんでからの、あるいはもっと昔から、このののに澱のように溜まり続けていた本音だった。