"16歳、家を出た姉" 第1話
昭8の、岩県部のあいにある佐々では、稲刈りが終わってものに堵の空気はなかった。々は赤や黄に染まり始めていたが、の々にとって葉を眺める余裕などなく、誰もがを越すための米と薪のことばかり考えていた。
昭恐慌以来、繭も炭もうような値段では売れなかった。までの凶作の傷も残っており、収穫した米のくは借や作料の支払いに消え、自分たちのへ入る分はわずかだった。
佐々も例ではなかった。
父の源蔵は43歳、母のツネは40歳だった。のには5の子どもがおり、番の千代が16歳、そのに13歳の勇、10歳の正男、7歳のふさ、そして4歳になったばかりの郎がいた。
その晩、囲炉裏のそばに並んだ椀には、粟の混じったい粥が入っていた。漬物が切れずつ添えられていたが、それ以におかずと呼べるものはなかった。
郎は誰よりくべ終わり、空になった椀の底を箸の先で何度もこすった。
「母ちゃん、もうないの?」
ツネはしだけ笑い、鍋へ目をやった。
「今はもうおしまい。の朝の分があるからね」
「お腹すいた」
「く寝れば、朝になるのもいよ」
郎は満そうに唇を尖らせたが、やがて姉のふさにを引かれて奥の部へった。
千代は母の横顔を見ていた。
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の朝の分など、ほとんど残っていないことをっていたからだった。昼、台所の甕を覗いた、底の方に残っていた粟と米は、族7が度べればなくなるほどしかなかった。
それでもツネは、自分の椀に残していた粥を、郎が見ていない隙にさな鍋へ戻した。
千代は何も言わなかった。
言えば母は笑って、「お腹いっぱいだから」と嘘をつくだろう。
父の源蔵も、最は昼飯を持たずにへることが増えていた。炭焼きの伝いや薪割りの仕事があれば暮れまで働き、それでもへ戻ってくると「昼にいすぎた」と言って、夕飯の粥を子どもたちへ分けることがあった。
誰もがしずつ嘘をついていた。
自分は腹が減っていない。
まだ米はある。
になれば何とかなる。
千代には、それらが全部分かっていた。
その夜、子どもたちが寝静まったあとだった。
い布団ので目を閉じていると、襖の向こうから父と母の話し声が聞こえてきた。
「また町から来たよ」
ツネの声だった。
「何が」
「奉公の」
しがあった。
源蔵はい声で答えた。
「断れ」
「でも、千代ならに何円かへ送れるって」
「断れって言っただろ」
「このままじゃを越せないよ」
それきり、い沈黙が続いた。
千代は布団ので息を殺していた。
やがて源蔵が、いつもよりい声で言った。
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「娘を飯と引き換えにするような真似はせん」
「そんなつもりじゃないよ」
「同じことだ」
「じゃあ、どうするんだい」
ツネの声が震えた。
「米はもうほとんどない。郎はまだ4つだよ。正男だって学へ持っていくものを買えない。勇の履だって底が抜けてるじゃないか」
源蔵は答えなかった。
「私がもっと働ければいいけど、ふさと郎を置いて毎へるわけにもいかない。あんたでどうするの」
「何とかする」
「何とかって、何をするんだい」
再び沈黙が落ちた。
千代は暗ので井を見つめていた。
自分の名がたことよりも、父に答えがなかったことの方が怖かった。
翌朝、千代は何も聞かなかったふりをした。
いつも通りを汲み、郎の顔を洗い、母と緒に朝の支度をした。源蔵も、夜の話などなかったような顔でへていった。
けれど、そのから千代には、ののすべてが以とは違って見えた。
母が自分の分の芋を郎の椀へ入れる。
勇の履にはきな穴がき、藁を詰めて履いている。
正男は学で使うがくなりすぎていたが、しいものが欲しいとは言わなかった。残った軸に布を巻きつけ、指でつまむようにして使っていた。
ふさの着物は千代のおがりだった。袖は何度も繕われ、の違う布が枚もなっていた。
そして、自分が卓に座るたびに、千代は考えるようになった。
ここに自分がいなければ、分なくて済む。
最初は、そんな考えを打ち消した。