"焼け残った家を壊せと言われた" 第2話
信は父よりも、その言葉に驚いた。計簿を握り、毎の豆代や薪代にを悩ませている母なら、駅への移転を番現実に考えるとっていたからだ。
「母さんまで、どうして?」
ハルはすぐには答えなかった。障子の向こう、暗くなった裏庭へ目を向けてから、静かに言った。
「井戸があるからだよ」
相沢の裏庭には、古い組みの井戸があった。清吉の父の代よりから使われてきたもので、豆腐作りにも、族の暮らしにも欠かせない。だが信には、母がそのものより井戸を気にする理由がまだ分からなかった。
ハルは、「あれを埋めることだけは、簡単に決めちゃいけない」と言った。
その、清吉は何も話さなかった。
ただ、茶碗を置いた父のが、わずかに震えているのを信は見た。
数、信はで換予定を見にった。駅から歩いて5分ほどの所で、戦にはさなやが密集していたらしいが、空襲でほとんど焼け、現は太いをにしい区画が作られようとしていた。砂利を敷いたの両側には材が積まれ、百、荒物、菓子などがを予定しているという札もっている。
役所の説係から話を聞くと、相沢に割り当てられる能性があるは現の敷よりわずかに狭いものの、表通りへ面していた。
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駅からへ向かう労働者が毎通る所で、朝夕の通りは今のとは比べものにならない。信のには、しいの姿がすぐに浮かんだ。
入を広く取り、ガラスのケースへ豆腐や油揚げを並べる。奥には今よりきな釜を置き、くの堂へまとめて卸せるようにする。いずれ蔵設備がに入ればの商品も増やせるかもしれないと考えると、信は久しぶりに戦ではなく「これから」のことを考えている気持ちになった。
帰宅すると、信は図を広げながら父へ説した。「悪い所じゃないよ。むしろ商売なら向こうの方がいい。しい商になれば、今より客は増えるとう」とを込めて話したが、清吉は図へ度目を落としただけで、「俺はかん」と答えた。
「度くらい見てくれよ。見もしないで決めるのはおかしいだろ」
「おは見たんだろ。それで分だ」
「分じゃない。父さんのだろ」
清吉は信を睨んだ。「俺のだから、俺が決める」と言い切る。その態度に信のも切れ、「だったら何ここで張るんだ。建て直せないでずっと商売するのか」と声を荒らげた。
ハルが止めに入ったが、の論は収まらなかった。清吉は「若い奴はしいものばかり欲しがる」と言い、信は「古いものを残すだけじゃ町はき返らない」
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と返した。最には清吉がの奥へ引っ込み、そのの夕にはほとんどをつけなかった。
信には、父がただ頑固に見えた。空襲をき延びたへのい入れは分かるが、町全体が変わろうとしているに、軒だけ昔のままで残ることなどできない。しかもしいは消防や排のためでもあり、所の若い世代には賛成する者がかった。
町内の説会でも見はつに割れていた。配者からは「焼け残ったまで壊す必があるのか」と反対の声ががる方、空襲の夜に狭いで逃げを失った経験を持つからは、「もう同じ町を作るべきじゃない」という声もた。
信が特に忘れられなかったのは、所で百を営む田だった。田は戦争で妻をくし、の子どもを連れてこの町へ戻ってきた男である。
「清吉さんの気持ちも分かるよ」
説会の帰り、田は言った。
「でも俺は、あの夜、荷台通れないを子ども抱いてった。からが来ても避ける所がなかった。今度がたら、せめて消防が入れる町にしておきたい」
「父にも聞かせたいですよ」
信が苦笑すると、田はし困ったように笑った。
「おさんの親父さんは、俺なんかよりずっとの怖さをってるよ」
その言葉が妙に引っかかった。
「どういうです?」
田は答えようとして、やめた。「それは本から聞いた方がいい」とだけ言い、自分のへ戻っていった。