みかん小説
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"40組の布団と消えた保険料" 第1話

「今の団体は40名よ。布団を敷き終わるまで、産婦科にはかせません」

妊娠32週の腹を抱えた私に、義母の美佐子は客の鍵が入った籠を押しつけた。夫の実が営む温泉旅館《乃井》には、朝から観バスが到着する予定だった。仲居が2欠勤し、客係は私を含めて3しかいなかった。

「午2に健診があります。回、張りが増えたら仕事を減らすよう言われました」

「昔の女は臨まで田んぼにたのよ。病気でもないのに、若いは何でも診断にするのね」

美佐子は67歳で、《乃井》の女将だった。私は29歳で夫の直哉と結婚し、4から旅館の予約管理と客準備を担当している。現33歳。結婚内のホテルでフロント係として働いていたが、義父が腰を悪くした、半だけ伝ってほしいと頼まれ退職した。

は4になった。細には18万円と記載され、健康保険料、、雇用保険の名目で毎3万円くが引かれていた。取りは活費として夫婦の共同座へ入り、美佐子は「族にもきちんと料を払う旅館」だと親戚へ話していた。

しかし労働細に反映されなかった。朝6から朝伝い、昼は予約話、夜はチェックイン。休憩に自宅へ戻っても、話があれば旅館へ駆けつけた。妊娠が分かってからも、い布団だけは避けたいと頼んだが、「宿へ嫁いだがない」

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と断られた。

直哉は調理を担当していた。「母さんに言っておく」と何度も約束したが、実際には「忙しいだけ協力して」と私を説得した。繁忙期が終われば休める、団体客が帰れば軽い仕事にする。そう言われるうちに、8かになった。

私は鍵の籠を返した。「今は健診へきます。午は予約業務をしますが、布団敷きはできません」

美佐子の目が細くなった。「宿泊客より自分が事なの?」

「お腹の子も事です」

「跡取りを盾にすれば、何でも通るとわないで。直哉は息子よ。この旅館を継ぐ子を育てる覚悟がないなら、最初から嫁に来るべきじゃなかった」

ロビーには従業員と仕入れ業者がいた。誰もこちらを見なかった。私は自分がわがままに見えるのが怖くなり、午だけ2階の部伝うと譲った。

最初の10組を敷いたところで、腹がくなった。廊の壁にをつき、呼吸をえた。仲居の佐代子が気づき、座るよう勧めたが、美佐子は階段のから「休むならタイムカードを切って」と言った。

私は休憩かず、予約事務所の子に座った。午2の健診までは話対応だけにするつもりだった。しかし正午、観バス会社から数変更の連絡が入り、美佐子は追加の部けるよう命じた。

「無理です」と言うと、彼女は私の鞄から母子帳を取りした。

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健診票を確認し、「予約は来週でも取れるでしょう」と事務所の庫へ入れた。

「返してください」

「仕事が終わったら返すわ。嫁が勝に抜けないよう預かるだけよ」

私は庫へを伸ばしたが、美佐子がった。直哉へ話しても、調理なかった。午1過ぎ、私は再び客へ向かった。

26組目の敷布団を持ちげた、腰の奥に鋭い痛みがった。次にじたのは、太腿を伝う温かさだった。

佐代子は私を支えながら、血した刻と直の作業をメモした。救急隊員には妊娠週数、張りの隔、持病の無を伝え、美佐子が話を遮ると「今は奈緒さん本に聞いています」とはっきり止めた。

私は担架のから、廊に積まれた残り14組の布団を見た。誰が敷くのだろう、客へどう説するのだろうと考えている自分に気づき、怖くなった。自分と子どもに何か起きているまで、旅館の段取りを配する癖が染みついていた。

救急、旅館は隣の派遣会社へ連絡し、夕方までに2を確保した。追加費用はかかったが、40組の布団は私がいなくても敷かれた。で佐代子から聞き、堵すると同に、私が倒れるまで必だった仕事は、を払えば代わりを頼める仕事だったとった。

健診を休めと言われた理由は、私しかいないからではない。

美佐子が派遣費を惜しみ、族なら断らないとっていたからだった。

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