"娘がいない夜も、足音がした" 第10話
私はその報告を読み、咲が受けたが無駄ではなかったといかけた。だが、娘の苦しみを制度改善のために必な犠牲へ変えるのは違う。起きない方がよかったことは、起きない方がよかった。そので、度と繰り返さない仕組みだけを残せばいい。
森田の退、真理子から度だけが届いた。父は妻の施設くの賃貸宅へ移り、最はの検査と眠来へ通っているという。音への過敏さと介護疲れがなり、判断が狭くなっていたのかもしれないとかれていた。
の最には、父に代わって謝るつもりはないが、自分がもっとく活を把握していればと悔やんでいる、とあった。私は返事をいた。
《お父様の事は理解しました。しかし、事が分かっても、娘への為がなかったことにはなりません。真理子さんが代わりに責任を負う必もないといます》
それ以の交流は続かなかった。森田が病気だったから許す、健康だったから悪だという単純な結論にもならなかった。苦しんでいるが、別のを苦しめることはある。事をることと、境界をなくすことは別だった。
咲の学入学をに、私たちはもう度転居を話しった。咲は603号に残りたいと言った。「ここで普通に歩けるようになりたいから」
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ではなく、「学にいし、川さんも彩ちゃんたちもいるから」という理由だった。
私は、を守り抜いたという物語を娘へ押しつけず、その実用な理由を受け入れた。宅ローンを固定利へ切り替えられるか相談し、修繕積の将来負担も確認した。ここにみ続けることを、過への勝利ではなく、現の活として選んだ。
入学式の夜、午1043分になった。私は仕事机で正を閉じ、咲はしい制をハンガーへ掛けていた。計の秒針が12を越えても、あの衝撃音は鳴らなかった。
代わりに階から、幼い子どもが度る音がした。すぐに静かになり、しばらくして彩から《すみません、トイレににわなくてりました》とメッセージが届いた。
私は《丈夫です。単発でしたし、事も分かりました》と返した。咲が画面をのぞき込み、「毎回報告しなくてもいいのにね」と笑った。
「そのうち、お互い慣れるよ」
私たちは、音がしないをに入れたわけではない。誰も違えず、誰も迷惑をかけない共同宅などしない。に入れたのは、音がしたに、庭状況や齢から犯を決めず、確かめて話す順だった。
翌朝、咲はしい靴を履いた。玄関からエレベーターまで、以ならつま先で歩いた廊を、かかとをにつけてんだ。音はさく響いたが、娘はち止まらなかった。
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エレベーターで川と会い、3で階へりた。途、503号から彩と息子が乗ってきた。狭い箱ので、子どもが咲の制を見て「お姉ちゃん、学?」と尋ねた。
「今から学だよ」
咲の声は、以よりしきかった。彩は入学祝いを言い、私は礼を返した。誰も階数や関係を識せず、同じ階で扉がいた。
学へ向かうで、咲が聞いた。「森田さん、今も私がったとってるかな」
「そうかもしれない」
「本当のことが分かったのに?」
「報告があっても、考えを変えないはいる。でも、本当のことを分かっているは、あなたじゃないよ」
私が謝り続けていた頃、事実さえ示せば全員が理解し、違ったは反省するとっていた。実際には、専調査がても森田を支持する民は残り、私を面倒なだと見るもいた。
それでよかった。全員の理解を得ることと、自分たちの活を守ることは同じではない。私は、信じないのために、これ以娘の毎を差しさないと決めた。
ので、咲は振り返らず友達の方へった。しい靴が舗を叩き、軽い音が朝の空気へ広がった。
私は止めなかった。
集宅へ帰れば、また静かにすべきも、隣へ配慮する面もある。だが配慮とは、を消すことではない。違いを認めていない相へ、永に謝り続けることでもない。
帰宅、私は玄関から仕事部まで普通に歩いた。カーペットは残してある。