"娘がいない夜も、足音がした" 第7話
咲は最初、られるのを嫌がっていたが、自分で話す内容を選べたことでし落ち着いた。
私は宅勤務の予定も変えた。森田の苦が始まってから、夜10まで仕事を続け、咲のきを監するようになっていた。納期を調し、午7以は原則パソコンを閉じた。収入はし減ったが、夜のを監所から活の所へ戻したかった。
ある曜の夜、階で何かい物が落ちた。咲は箸を止め、階から叩き返される音を待った。何も起きなかった。
「歩いてみようか」と私が言うと、咲は首を振った。私は誘うのをやめ、普通に器を台所へ運んだ。咲は数分、自分の皿を持ってちがった。廊をゆっくり歩き、戻ってきたにさく笑った。
その変化を卒業とは呼ばなかった。翌週にはまた物音で眠れない夜があった。それでも、できたを積みねた。
しい理事会は、騒音相談の順をえた。苦を受けたはと音の種類を記録し、相の庭構成を理由に判断しない。直接訪問を繰り返さず、管理会社を通す。必に応じて複数戸で確認し、設備音の能性も調べる。
私は理事への候補を勧められたが、断った。被害を受けたが制度づくりまで背負う必はない。代わりに、順案への見を文で提し、総会には席した。
広告
川は理事になった。「夜勤でられないもあるけど、んでいるが違うの覚も入れたい」と言った。宮は理事になったが、森田の仕事をすべて否定せず、防災備品の台帳など使えるものは引き継いだ。
森田は総会へ来なくなった。妻の施設へ通う回数が増え、娘の真理子が週末に訪ねているらしい。廊ですれ違っても、私は必以に況を調べなかった。
、503号からきな衝撃音がした。何かが倒れたように聞こえ、続けてうめき声がした。私は瞬、関わらない方がいいとった。しかし音の種類がいつもと違ったため、玄関から声をかけ、返事がないことを確認して管理会社と救急へ連絡した。
森田は台所で転び、を捻挫していた。命に別状はなく、そののうちに娘が迎えに来た。翌週、真理子が菓子折りを持って礼に来たが、私は共用廊で異常を聞いたから連絡しただけだと伝え、品物は受け取らなかった。
「父は、あなたに助けられたとうのがつらいみたいです」
「そうわなくていいです。仲直りのために連絡したわけではありません」
善を示せば相が反省する、という展にはならなかった。森田は礼を言わず、退院も挨拶を返さなかった。それでも私は、自分のを相の反応で違いにされたとはわなかった。
広告
救急へ連絡した夜、咲は「助けなくてもよかったのに」と言った。私は、森田を許したからではなく、が倒れた能性をって放置すれば、自分が悔するとったから連絡したと説した。
「嫌いなにも親切にしなきゃいけないの?」
「何でもしてあげる必はないよ。今は救急を呼ぶところまで。退院の買い物や世話は、族やサービスが考えること」
翌、真理子から父の様子を見てほしいと話が来たも、私は断った。方ですぐ来られないと困っていたが、管理会社の見守りと料サービスを案内した。夜に救急を呼んだからといって、私が所の介護担当になるわけではない。
民の部は私を派だと褒め、別のは、結局助けるなら総会まで必なかったと言った。私はどちらにも同しなかった。緊急に連絡することと、過の威圧を正式に止めることは両する。
理事会では、独居齢者の緊急連絡先を任で登録する制度も作った。ただし隣へ見守りを押しつけず、本の同と専サービスを提にした。咲は「お母さんは森田さんの係じゃないんだね」と言い、私は頷いた。
、マンションの郵便受けに産会社のチラシが入った。《このマンション限定で購入希望者がいます》。よくある広告だとったが、数、同じ会社の営業担当が私の部を訪ねてきた。
「503号の森田様から、階も売却を検討していると伺いました」
私は売却を度もにしていない。