"消印は失踪の3日後" 第7話
の縦線がへ傾き、「い」の2画目がい。
2006以は、形を似せているものの、「元」の縦線がまっすぐだった。
誰かが母の字をまねていた。
しかも半の賀状は、ではなく、すべて岐阜県内で購入された葉だった。
拓は背筋にたいものをじた。
母が賀状を送っていた途で、別の物がその役目を引き継いでいる。
その物は今も、拓のすぐくにいる能性があった。
警察の鑑定でも、賀状は2種類の跡に分けられた。
1998から2005までの8枚は、真紀が郵便局でいた勤務記録と致した。2006から2020までの15枚は、似せてかれているものの別だった。
古い葉には唾液で貼る切が使われていたため、裏面からDNAを採取できる能性があった。保状態のよい3枚を鑑定すると、最初の賀状から女性のDNAが検された。
真紀の姉が提供した検体との比較により、母系血縁関係が認められた。
最初の賀状は、違いなく真紀が送ったものだった。
方、2008の葉からは男性のDNAが検された。拓とのに父子関係を示す致があり、信吾が貼った切だと判した。
拓は結果を持って実へ向かった。
父は縁側で植鉢のを替えていた。報告を見せると、い沈黙のあと、軍をして居へ入った。
「いつから母さんの代わりにいた?」
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「2006からだ」
「母さんに頼まれたの?」
信吾は答えず、寝から製の箱を持ってきた。には未使用の古い賀葉と、封を切られたが入っていた。
差は岸絵里だった。
の付は20072だった。
《沢信吾様。
真紀さんは昨1228、の病院でくなりました。本の希望により、これまで連絡できませんでした。
真紀さんは、拓さんへ送るために用していた葉を残しています。真実を伝えるべきか、私には判断できません。あなたが決めてください》
拓はを最まで読むことができなかった。
母は2006にくなっていた。
2007以も毎届いた葉のせいで、拓は母がどこかできているとい続けていた。聞やインターネットで似た事件を見つけるたび、写真を確認した。
駅で母と同じ齢の女性を見かけると、無識にろ姿を追った。
「なぜ教えなかった」
「おは18歳だった。学の格が決まったばかりで、これから町をるところだった」
「だから、んだことを隠したのか」
「希望を残したかった」
拓は父のに賀状を投げした。
「希望を残したんじゃない。自分が真実を話すを、毎1ずつ先延ばしにしただけだ」
信吾はうつむいた。
「母さんがくなったと聞いたとき、したんじゃないのか。もう自分が樺園の裏から逃げたことを、本に責められずに済むから」
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「違う」
「何が違うんだ。母さんがきていると私にわせれば、自分も捜し続ける父親でいられた」
信吾は反論しなかった。
彼は毎、真紀が残した未使用の葉を1枚ずつ取りした。半の跡を見ながら《今も、元気でいてください》とき、者の名簿から差を選んで投函した。
葉が尽きたあとは、同じ種類のものを古物で探してまで続けた。
「真紀の代わりをするつもりだった」
「母さんの代わりになりたかったんじゃない。母さんが話すはずだったことを、自分に都のいい文へ変えたんだ」
父は両を畳についた。
「そのとおりだ。俺は、またおから選ぶ権利を奪った」
拓は父に謝ってほしいのか、自分でも分からなかった。座をされても、失ったは戻らない。
母がくなったとき、拓は18歳だった。真実をっていればへき、絵里に会えたかもしれない。母が残したものを、もっとく受け取れたかもしれなかった。
父が恐れたのは、息子がしむことだけではない。
母がなぜ帰れなかったのかを拓がれば、信吾自の過もらかになる。それが怖かったのだ。
野寺はの差所を調べたが、岸絵里はすでにそこにんでいなかった。ただし、封筒に押されたの消印から、当2が暮らしていた域は絞り込めた。
部のさな港町だった。
警察が民記録と医療記録を調べると、20061228、「佐々真弓」