"消印は失踪の3日後" 第3話
「どういう?」
「今は話せない」
「25も同じことを言ったのか。母さんが何か話そうとしたのに、仕事のことだからと聞かなかったことにしたのか」
信吾は顔をげたが、否定しなかった。
拓は母の指示どおり、昔の賀状を探した。押し入れには、学の通表や図作品とともに、ごとに分けられた葉の束が残っていた。
父は物を捨てられない性格だった。拓が覚えていない賀状まで、輪ゴムでまとめて保管していた。
そのに、差をまったくらない葉が23枚あった。
差の所は岐阜、富、野、潟、とごとに変わっていた。名も齢も異なるが、本文はすべて同じだった。
《今も、元気でいてください》
最初の消印は19981。最は20201だった。
「父さん、このたちをってる?」
信吾は葉を瞥し、「らない」と答えた。
拓は賀状の差を戸籍や古い話帳で調べた。23のうち16は実していたが、そのうち7は葉がされた点ですでにくなっていた。
最も古い葉の差、瀬ふみは1995に樺園でくなっていた。ところが1998の賀状には、彼女の名と、かつて暮らしていた所が使われている。
翌、拓は野寺へ連絡した。
「母の言ったとおりでした。くなったの名で、私に賀状が届いていました」
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野寺はしばらく黙ったあと、声をくした。
「それなら、お母様の言葉は比喩ではありません。誰かが者の名を使い続けていたということです」
そして、その誰かは25、拓の居所をっていた。
県警は真紀が失踪したの郵便物を改めて調べた。
郵便バイクに残されていた19通は、当の証拠品覧に所が記録されていた。拓はそれを図に落とし込み、母が本来担当していた配達区域と照した。
19通のうち5通だけが、真紀の区域かられていた。
それらは旧栃バス周辺に届けられる予定の郵便物だった。25の警察は残された郵便物をもとに、真紀がどのをったかを推定していた。
しかし5通が別の配達員の担当だったなら、真紀がバスへ向かったという提そのものが崩れる。
「誤って混ざった能性は?」
野寺の問いに、当の郵便局員だった繁は首を振った。はすでに78歳になっていたが、配達区域の境界をよく覚えていた。
「5通も混ざることは考えにくい。しかも、あのは私が栃方面の担当だった。夕方に戻ったとき、確かに何通かりなかった記憶がある」
「当、そのことを警察に話しましたか」
「局に報告しました。でも局から、勘違いだろうと言われたんです。局の際が問題になれば困るから、余計な話をするなとも言われました」
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当の局は庭正義。郵便袋が隠されていた壁の改修を指示した物でもあった。
庭は事件の翌に脳梗塞で倒れ、会話が難しくなった。その、県の施設へ移り、2011にくなっている。
郵便物を図に入れ替えた物がいる。真紀のバイクを旧栃バスへ運び、原に子を置けば、捜索を別方向へ向けられる。
では、母が最に向かった所はどこだったのか。
によれば、真紀は失踪の数週から、樺園への配達を自分に任せてほしいと希望していた。通常は別の局員が担当していたが、その物が腰を痛めたため、真紀が臨で引き受けていた。
「樺園から戻った沢さんが、度だけ私に尋ねたことがあります」
は記憶を探るように目を細めた。
「くなった宛ての通が届いた、族以のへ渡してよいのか、と。私は返送するのが原則だと答えました」
しかし樺園では、した入居者宛ての郵便も職員が受け取っていた。真紀が疑問を示すと、施設は「方の親族から届の続きを任されている」と説したという。
拓はの業務で培った方法を使い、黒い帳にかれた額を分析した。毎偶数に増える額は支と致し、別の欄には方自治体から支される活扶助費にい数字が並んでいた。
帳に記された42のうち、なくとも19はも座がいていた。