みかん小説
本棚

"沈黙のピアニストは厨房に潜む" 第11話

彼女は、ただの皿洗いではないんだよ」

そう言って、柳原はに向かって、敬を込めて々とげた。

「かつて将来を嘱望されていた若ピアノデュオ……その片翼を担っていた才ピアニスト、それがさんだ」

柳原のから語られた真実に、スタッフたちのきな揺がった。

「て、才ピアニスト……!? でも、どうしてそんな方が、うちで皿洗いを……」

の問いに、柳原は線を戻し、静かに語り始めた。

「彼女がうちに来てくれたのは、私が無理を言って誘ったからなんだ。詳しい事は、皆には伏せていた。……彼女自が、それを望んでいなかったからね」

は息を呑んだ。

ほど、音楽プロデューサーをしていた柳原は、才能あふれる慮の事故をに、忽然と音楽界から姿を消した顛末をっていた。 だからこそ、の噂で彼女の消息をにした、居てもっても居られず自ら会いにき、このに迎え入れたのだ。

いつか彼女が、自分の志で再びピアノに向きえるが来るのを、静かに待ちたい。 そんなで、柳原は「皿洗い」という肩きのまま、彼女の傷が癒えるのを温かく見守り続けてきたのであった。

柳原の言葉に、さく肩を震わせた。 自分の過りながら、あえて何も詮索せず、この所に居所を作り続けてくれたこと。

広告

そして何より、傷だらけだった自分の音楽を、こうしてから受け入れてくれたこと。

張り詰めていたの糸が、ふっと解けた。 の瞳から、分の圧が、温かい涙となってポロポロとこぼれ落ちていった。

頬を伝う涙を、は両でそっと拭った。 フロアを包んでいたな拍は、いつしか彼女を労うような、優しく穏やかな空気へと変わっていた。

「……、いや……さん」

温かな空気を震わせたのは、しかすれた、い声だった。 顔をげた線の先に、宮がゆっくりと歩みてきた。 彼はの数歩ち止まると、そのまま々と、直角にげた。

「君の背景も、その確かな実力もらず……あんな酷い言葉をぶつけてしまった。本当に、申し訳なかった……!」

絞りすようなその声には、先ほどまでの傲さなど微もなかった。 完璧なサービスを追求し、プロとしての誇りを持っている宮だからこそ、の魂を削るような真摯な演奏に、誰よりもく打ちのめされていたのだ。

「君が勇気をしてくれなければ、このは今、完全に信用を失っていた。……を救ってくれて、から謝します」

げ続ける宮に、は慌ててさく首を横に振った。

げてください、宮さん……。宮さんが、おを必に守ろうとしていたことは痛いほど分かっていましたから。

広告

私の方こそ、すぎた真似をしてしまって……」

の柔らかな声に、宮はゆっくりと顔をげた。 その目には、悔と共に、からの敬が宿っていた。 周囲では、川や岡本たちスタッフも堵の笑顔を浮かべ、解を見守っていた。

、ずっと自分を責めて、ピアノから逃げ続けてきた……)

けれど、誰かのために弾いた今夜の演奏が、の危を救い、こうして々のを繋いでくれた。 傷だらけだった自分の音楽を、もう度信じてもいいのかもしれない。 そんな境の変化を察するように、柳原が穏やかな声で語りかけた。

さん。もしよかったら……これからはピアニストとして、こので音を奏でてくれないだろうか」

静かに響いた柳原の言葉に、はハッと息を呑んだ。 顔をげると、宮川をはじめ、そのにいるスタッフ全員が、期待に満ちた温かい差しで彼女を見つめていた。

「ここで……私が……?」

「君の音には、かす特別な力がある。このの専属として、ぜひ君にピアノを任せたいんだ」

迷いのない柳原の言葉に、の胸の奥がじわりとを帯びていく。 そっと線を落とすと、艶やかなと黒の鍵盤が、静かに彼女を待っていた。

もの、触れることすら恐ろしかった鍵盤。 けれど、もうあの夜のけたたましいブレーキ音や鳴は聞こえなかった。

代わりに、の奥で優しく響いていたのは、懐かしい親友の声だった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: