"沈黙のピアニストは厨房に潜む" 第5話
『丈夫。の優しい音を、今もみんなに届けよう』
本番、その温もりと澄んだ声があるだけで、議と肩の力が抜け、どんな台であっても自分らしく鍵盤に向きうことができたのだ。
そんな奇跡のような関係を築けたのは、でもない、奏のの広さと温かさゆえだったと、は今でもく謝していた。
――けれど、に満ちていたその々は、突如として終わりを告げた。
あるのコンサートの帰り。 奏を突然襲ったあの無な来事が、のの計の針を、永に止めてしまったのだ。
いそうとするたび、胸の奥を鋭い刃のような痛みが駆け抜ける。 記憶の底からちがる、アスファルトを叩くたいの匂い。 そして、夜のを引き裂くように響き渡った、をつんざくようなブレーキ音と、けたたましいサイレン――。
「……っ、奏……!」
息が詰まりそうになり、は慌てて、その恐ろしい記憶の引きしを固く閉ざした。 (今は……いしているじゃない) 雑を振り払うようにさくを振り、は洗いの蛇をキュッとひねってを止めた。
ピタリと止まった音の代わりに、厨の奥まで、フロアの張り詰めた空気が容赦なく流れ込んできた。
「駄目です……どこを当たっても、今すぐ来られるが見つかりません!」
川の、ひどく疲れ切った声が響いた。
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宮は苛たしげにネクタイを引っ張り、何度も額の汗を拭っている。
「……くそっ、適当な音源を流すしかないのか……!?」
その苦渋に満ちた言で、周囲の空気は鉛のようにく沈み込んだ。 こだわり続けてきた「演奏」というの誇りを捨てる。 誰もがこれ以の打つを持たず、ただ唇を噛み締めて俯くことしかできなかった。
は濡れたをエプロンでギュッと拭いながら、さな窓越しに、フロアの様子をじっと見つめていた。 く抑え込んでいたはずの胸の奥で、まだ何かが、さく、けれど確かに揺さぶられている。
それが何なのか、自分でもはっきりとは分からなかった。 ただ、い記憶ので聞いた、奏の声だけが波紋のように繰り返し霊していた。
――の音を、みんなに届けよう。
その見えない力にそっと背を押されるように、の線は、フロアの央に鎮座する台のグランドピアノへと吸い寄せられていった。 艶やかな漆黒の姿は、まるでい眠りから覚めるを、静かに待ちわびているかのようだった。
の刻は、もはや目に迫っていた。 フロアには、すでに客を迎える準備がっている。 純のテーブルクロスのに並べられたクリスタルグラスが、シャンデリアの眩いを受けてキラキラと輝き、窓のには息を呑むほど美しい都の夜景が広がっていた。
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しかし、その完璧な空の華やかさとは裏腹に、スタッフたちの表は様に暗く沈み込んでいた。
「もうがない……とにかく、お客様がいらしたら、いつも通り笑顔でお迎えするんだ」
宮が絞りすように言ったその瞬、なエントランスの扉が静かにかれた。 待ち構えていたスタッフたちの背筋に、瞬で張り詰めた緊張がる。
真っ先に姿を現したのは、元経済界でらぬ者のいない物、梅田だった。 恰幅の良い体躯を仕ての良い級スーツに包み、悠然とした取りでフロアへとを踏み入れてくる。 その背には、取引先の役や関係者を含む、数名のグループが続いていた。
「梅田様、本はご来誠にありがとうございます」
迎えた岡本が、々とをげた。 声の端々にわずかなさが滲んでいたが、プロとしての笑顔だけは必に崩さない。
「うむ。柳原君のにはいつも世話になっているからね。今夜も楽しみにさせてもらったよ」
梅田は満そうに目を細めながら、窓際の特等席へと案内されていく。 シャンパンが次々と注がれ、乾杯の華やかな声ががり、菜が静かに運ばれていく。 表面は、いつもと変わらない優雅で華やかなディナーの始まりだった。
けれど、その裏側では「専属ピアニストの」という限爆弾が、今にも爆発しようとしていることを、客の誰もらない。