みかん小説
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"沈黙のピアニストは厨房に潜む" 第4話

かけて築きげてきたの信用が、今夜、自分の責任のもとで完全に崩れろうとしている。 その途方もない圧が、彼の両肩に容赦なくのしかかっていた。

フロアから漏れ聞こえてくる切迫した声と、それに続く苦しい沈黙。 厨の奥で皿をねるカチャカチャという単調な陶器の音だけが、の周囲に淡々と響いていた。

(どうして……あんなことを言ってしまったんだろう)

悔が胸をよぎる。 の程らずなすぎた真似をしたと、自分を責める気持ちが湧きがる。 けれど同に、は気づいてしまっていた。 たいに晒されているはずの自分の指先に、まだあの議なが宿ったままであることに。

まるで、固く閉ざしていたの扉の向こう側で、眠っていた何かが、さくノックの音をてているような覚。 それはがすくむほどの恐怖でありながら、どこかひどく懐かしい、優しい温もりを帯びていた。

壁の計の針は、刻まであと分を指している。 シンクに落ちる単調な音が、いつしか識を、い過の記憶へと連れっていった。

という歳を遡った先にあるのは、し埃の匂いがする音楽学の、暗い防音だった。 所狭しと並べられた台のグランドピアノ。 その向こう側には、いつも奏の眩しい笑顔があった。

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奏は、幼い頃からの隣で笑っていた幼馴染であり、引っ込み案で内気だったを、眩い音楽の世界へと連れしてくれた唯の親友だった。

の始まりは、の放課の音楽にまで遡る。 まだ頼りなく、自信なさそうに鍵盤を叩いていたの演奏を聴いて、奏だけが目を輝かせて駆け寄ってきたのだ。

のピアノ、すっごく綺麗! もっと聴かせて!』

の音は特別だから』

その言は、いつしかにとって、背を押し続けてくれるお守りのような言葉になっていた。

太陽のように屈託のない笑顔と、聴く者の瞬で奪ってしまうような力く迷いのないタッチ。 奏の演奏には、まれ持った圧倒な華があった。 はそんな奏の類まれな才能に、ただただ眩しいほどの憧れを抱いていた。

けれど、奏は自分の才能をひけらかすことも、を置いていくようなこともしなかった。 むしろ、誰よりもの音を信じ、番の理解者であり続けてくれたのだ。

『私の音は華やかだけど、の音には、にそっと寄り添う優しさがあるの』 『だから私、の弾くピアノが好きなんだよ』

コンクールの発表会の楽で、緊張のあまり氷のようにたくなったを、力く包み込みながら奏が囁いてくれた言葉。 その温もりに、がどれほど救われてきたか分からなかった。

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互いに励ましい、には良きライバルとして見をぶつけいながら、はやがて若女性デュオとして共にステージにつようになった。

コンクールの台で、台のピアノの音が完全になりう瞬。 呼吸がぴたりとい、まるでの境界線が溶けてなくなってしまうかのような、あの名状しがたい。 それはにとって、の何物にも代えがたい宝物のだった。

夜が更けるのも忘れて、きりで防音にこもった々。 指先に伝わる象の鍵盤の確かなみ。 を帯びたのひらの触。 窓のみ始めるまで楽譜とにらみい、疲れ果てて半分こにしたコンビニの甘いパンのまでもが、褪せることなく蘇ってくる。

『私たち、いつか世界きなホールで、緒に弾こうね!』

に照らされた奏の、未来を微も疑わないるい笑顔。 まるで昨のことのように、の奥で優しく響き続けていた。

を卒業したも、は共にステージにち続け、気鋭のデュオとしてしずつ世に名をられるようになっていった。

がいるから、私はもっとくまでける気がするの』

でドレスの裾を直しながら、奏がふと漏らした言葉。 鏡越しに笑いかけてくる、あの屈託のない表。 互いに切磋琢磨し、本気で音楽と向きいながらも、奏は決しての紡ぐ繊細な音を否定することはなかった。

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