"沈黙のピアニストは厨房に潜む" 第2話
だが、をわずか分に控えたその。 けたたましく鳴り響いた本の話が、穏やかだったの空気を変させた。
受話器を取り、い応答を交わしたホールスタッフが、顔から血の気を引かせて振り返った。
「み、宮さん……変です! 専属ピアニストがで倒れて、病院に運ばれたそうです……今夜は来られません!」
話を受けたスタッフの声はかすかに震え、受話器を握りしめるは真っになっていた。 その揺は、目に見える波となって、瞬くにフロアから厨の奥へと伝播していった。
「おい、嘘だろ……!? 今限って、なんだって言うんだ!」
責任者としてこのフロアを任されているサービスマネージャーの宮は、眉にい皺を刻み、苛ちを隠そうともせずに声を荒らげた。 幸なことに、レストランの総支配である柳原は、な会のためだった。 宮が焦る元で何度スマートフォンから話をかけても、虚しく留守番話のアナウンスが響くばかりである。
たった夜の際で、これまでスタッフ全員で築きげてきたの信用が、音をてて崩れってしまうかもしれない。 今この瞬、の全責任が宮の肩にくのしかかり、たい汗が彼の背筋をいがっていった。
「とにかく、誰でもいい! 当たりのあるピアニストに片っ端から連絡しろ!」
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宮の号がフロアに響き渡った。 完璧なもてなしにい誇りと自負を持つ彼にとって、の板である演奏に穴をけるなど、絶対に許されない失態だった。
ヘッドサービスを取り仕切る川をはじめ、若スタッフの岡本たちも血相を変え、スマートフォンを片にの音楽や演奏事務所へ次々と助けを求めた。
「お願いします、今から来られる方はいませんか……!?」
しかし、無にも返ってくるのは、にべもない断りの言葉ばかりだった。
『すみません、こちらも今夜は先約が入っていまして……』 『週末のこのに急に言われても、今から向かっては到底にいませんよ』
通話が切られる子音が響くたび、フロアの空気は鉛のようにく沈んでいった。 今夜の来賓である梅田たちは、の名物であるピアノの演奏をから楽しみにしている特別な客たちだ。 もしこのまま演奏なしで迎えることになれば、がかけて築いてきた信用は瞬にしてに堕ちてしまう。
壁に掛けられたクラシカルな計を見げる宮の額には、じっとりと油汗が滲んでいた。 秒針のむ音すら、彼らを追い詰めるカウントダウンのように聞こえていた。
フロアが緊迫した喧騒に包まれる方、そこから完全に隔絶された厨の最部では、の女性が黙々とグラスを磨いていた。
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、歳。 彼女はこのの皿洗い担当だった。 いつもな黒のエプロンをにつけ、うつむきがちに働き、決して自分から目とうとはしない、物静かな女性である。 仕事のためにし荒れた指先で、彼女は丁寧に、点の曇りもなくワイングラスを拭きげていた。
彼女のに届くのは、いつもと変わらない規則正しいのせせらぎと、布がガラスを擦る音だけ。 フロアで起きているパニックは、裏方として息を潜めてきる彼女には、本来は何の関係もない来事のはずだった。
それでも、スイングドアの隙から漏れ聞こえてくるスタッフたちの痛な叫びや音に、の胸の奥はざわざわと波っていた。 キュッ、とグラスを拭くが、に止まる。
洗いのさな部からフロアを覗くと、を抱え、絶望な表を浮かべる宮たちの姿が見えた。 その景をじっと見つめていると、に、の指先がかすかに震え始めた。
まるで、い暗の奥底に封じ込めていた何かが、体の芯から目を覚まそうとしているかのような覚。 それはがすくむほど恐ろしい記憶の欠片でありながら、同にどうしようもなく懐かしい、議なを帯びていた。
ギュッとエプロンので拳を握りしめ、は再び線をシンクののグラスへと落とした。
自分の内側で何が起きようとしているのか、このの彼女にはまだ、正確に理解できていなかった。