"18年妻だったのに、他人にされた" 第3話
惣兵が答えると、啓太郎は唇を噛んだ。
「だったら、だけ持っていけばいい。松乃って名も返す。俺たちは別の所で商売する」
「啓太郎!」
あとから話を聞いた千代は息子を叱った。商売は子どものだけで始められるほど簡単ではなく、仕入れ先も信用も所も必になる。しかし啓太郎は父の帳面を抱えたまま、「母ちゃんには客がいる」と言い返した。
千代はその言葉が胸かられなかった。
は自分のものではない。
松乃という号も自分のものではない。
それでも、18かけて覚えてきた客の顔や、商売のやり方まで取りげられるわけではない。
そう考え始めただった。
啓太郎が、父の帳面について妙なことを言いした。
清吉の帳面は全部で9冊残っていた。古いものは端が擦り切れ、酒染みで茶くなった頁もあったが、清吉はなほど物を捨てないで、を始めた頃の記録まで押し入れの箱にしまっていた。啓太郎は学から戻るたびにその帳面をき、父がどのようにをきくしてきたのか確かめるように読み続けた。
「何を探しているの」
千代が尋ねると、啓太郎は最初「別に」としか答えなかった。しかし数、夕を終えた族のへ帳面を持ってくると、ある頁をいて千代に見せた。
「母ちゃん、これってる?」
広告
そこには本への支払いが記されていた。毎2度、額はしずつ違うものの、清吉が惣兵の父である先代へまとまったを渡している。横にはさな字で「分」「残」とかれていた。
千代は首を振った。
「仕入れの借じゃないの?」
「仕入れは別にいてある」
啓太郎は別の頁も見せた。
確かに酒の仕入れ資として借りたは「本借入」と確に分けてあり、しずつ返済されている。ところが「分」とかれた支払いはそれとは別で、10以にわたって続いていた。
「伯父さんに聞こう」
ふさが言った。
千代はすぐには頷かなかった。葬式が終わってからというもの、惣兵とのにはい壁ができていた。彼が嘘をついているとはいたくなかったが、何かを説していないのではないかという疑いはしずつきくなっていた。
その晩、さらに妙なものが見つかった。
帳面を箱へ戻そうとした啓太郎が、底板のにいが挟まっていることへ気づいたのだ。湿気で張りついていたため慎に剥がすと、折り畳まれた古い受取が枚てきた。
付は清吉がくなる2か。
受取の欄には惣兵の名があり、その横に本の印が押されている。
《百円、確かに受領》
そのに、い但しきがあった。
千代は文字を読んだ瞬、息を止めた。
広告
《松乃代 最終分》
「代……」
ふさがさく呟いた。
啓太郎は受取と父の帳面を交互に見比べた。帳面の同じ付にも120円の支払いがあり、その横には清吉自ので「これにて」とかれている。
千代の背筋にたいものがった。
惣兵は、松乃のも建物も本のものだと言った。
清吉はを任されていただけだとも言った。
では、この「代」とは何なのか。
その夜、千代たちは遅くまで帳面を調べた。すると10以の頁から、同じ「分」という記載が規則に続き、すべて計するとかなりの額になることが分かった。
さらに、9冊目の帳面の表裏から、さな封筒が見つかった。
表には清吉の字で、
《兄貴へ》
とだけかれている。
封はいていなかった。
翌朝、千代はその封筒と受取を呂敷に包み、本へ向かった。
惣兵は帳でつのを見るなり、らかに顔を変えた。
「これは、どこにあった」
「清吉さんの帳面です」
惣兵は受取をに取ったまま、い何も言わなかった。
千代は初めて、彼の顔に問いを突きつけた。
「兄さん。このは本当に、清吉さんがただ借りていただけなんですか」
惣兵の指が、わずかに震えた。
そして彼は、まだ封の切られていない《兄貴へ》というを見つめたあと、い声で言った。
「……清吉は、そこまで残していたのか」
その言葉で、千代は確信した。
惣兵は、こののをっている。
だが彼は、葬式の翌朝には言も話さなかった。