"「ただいま」と笑う夫を家族全員で無視した" 第1話
夕暮れの柔らかなが、リビングの窓辺にいを落としていた。 ダイニングテーブルのには、皿に盛り付けられた鮮やかな料理がずらりと並んでいる。じっくりと汁を染み込ませた筑煮、湯気をてる旬の魚の煮付け、そしてみずみずしいアスパラガスと参を丁寧に豚肉で巻いた肉巻きが、欲をそそるばしい匂いを部いっぱいに漂わせていた。 台所のエプロンをした私――子は、鉢の配置を微調しながら、リビングに響く賑やかな声にを傾けていた。そこには、私の義理の両親であるお義父さんとお義母さん、そして娘の未優の無邪気な笑い声があった。さらにもう、テーブルの端で甲斐甲斐しく箸や取り皿を並べてくれている晃の穏やかな横顔がある。
まさに今、みんなでテーブルを囲んで楽しい夕を始めようと、最の準備をえていたそのだった。
カチャリ、と玄関の鍵が側からけられる属音が響いた。 誰かが訪ねてくる当たりなど、誰として持っていなかった。靴を脱ぎ散らかすような乱暴な音が廊を軋ませ、リビングの引き戸が慮のかけらもなくガラリとけ放たれた。
そこにっていたのは、見覚えのある、しかし酷く汚れた姿の男だった。 族を捨て、別の女の元へとりってから丸もの、度たりとも連絡すら寄越さなかった元夫――久史だった。
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久史は番、同然の勢いで部にを踏み入れると、の端をだらしなく吊りげ、ヘラヘラと品な笑みを浮かべた。その声音は、まるで昨もこので寝泊まりしていたかのように軽で、どこか浮かれた嫌さを纏っていた。
「ただいま。計、変だっただろう?」
久史はそう言い放ちながら、着を脱ぎもせず、リビングの央へとズカズカと入り込んできた。 部の空気が、瞬にして凍りついた。 。私とまだ幼い未優を置きりにし、との享楽に溺れて音信通を貫いていた男が、何事もなかったかのように平然と族面をして戻ってきたのだ。その傲で顔無恥な態度をにして、私の胸の奥に渦巻いたのは、りやしみですらなかった。ただただ、底れぬ淡さと、吐き気を催すほどの侮蔑だった。
私は、息を吸い込むことすら惜しむように、久史の顔からすっと線をした。 そして、彼がそこにすらしていないかのように、元の皿をテーブルの央へと運ぶ作業を再した。 無をしたのは、私だけではなかった。 ソファに座っていた義父は、いていた聞から度たりとも目をげず、老鏡の奥の瞳を険しく険のまま面に落としていた。義母もまた、元のおしぼりをさく畳み直すことに神経を集させ、久史の元にすら線を向けようとしない。
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晃は静かにちがり、未優の座る子供用の子の位置を直してやりながら、まるでの音を聞き流すかのように背を向けた。そして、幼い未優でさえも、突然現れた見らぬ男のに怯えるでもなく、テーブルのの料理を指差して「おいしそう!」と呟くだけだった。
部にいる全員が、示しわせたわけでもないのに、完全なる「無」を決め込んでいた。 久史というは、最初からこの空のどこにもしていないのだと、全員の呼吸と沈黙が告げていた。
当たりのように迎え入れられるとい込んでいた久史は、誰として自分に顔を向けない異様な景をにして、張り付いていた笑みをピクリと引きつらせた。 彼は両を袈裟に広げ、苛ちを誤魔化すように声を張りげた。
「おい! 久々に帰ってきてやったっていうのに、俺を無するなよ!」
焦りを孕んだ久史の切り声が、リビングの壁にね返った。 それでも、私のは微だにしなかった。構うことなど何つない。私は皿を置き終えると、エプロンをきれいに畳んで子の背に掛け、全員の顔を見渡すようにして柔らかく微笑んだ。久史の姿は、私の界の隅にすら入っていなかった。
「それじゃ、いただきましょうか」
切の躊躇もなく、穏やかな声で私が呼びかけると、テーブルを囲んでいた全員が顔をげ、やかな表を作ってをわせた。