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"27年後、娘は父の葬儀に帰ってきた" 第4話

子は実際に、そのへ自分の名いていた。

印鑑も、当で使っていたものだった。

子は27の記憶をたどった。美穂が失踪する約2か、子宮筋腫のさな術を受けていた。

入院、正から保険請求や医療費控除に必だと言われ、何枚もの類へ署名した。そのに、記載内容のないが混じっていた。

「ここにも名いておいて。会社の団体保険で必になるかもしれない」

はそう言っていた。

養育委託は、そのに署名しただった。

子と美穂は、同に同じ結論へたどり着いた。

美穂を理恵へ渡したのは、母親ではない。

27、娘を捜す父親を演じ続けた正だった。

の遺品は、設の倉庫と自宅の斎に残されていた。会社は正の甥が引き継ぐ予定だったが、相続続きが終わっておらず、佐子にも資料を確認する権利があった。

斎の机から、川理恵名義の古い社員証が見つかった。経理主任と記載され、正と並んで撮された社内事の写真も何枚も残っていた。

写真のの2は必く、正が理恵の腰へ回っているものもあった。

会社の元従業員を訪ねると、正と理恵の関係は社内で噂になっていた。理恵は正張に同し、勤務にも2で会っていたという。

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「奥さんもっているとっていました」

元従業員は気まずそうに話した。

「理恵さんが急に辞めた、社緒になるためだと言うもいました」

しかし、正婚を申しなかった。庭を失えば取引先からの信用に響し、域団体でのも悪くなると考えていた。

理恵も、正が妻と別れるつもりがないことに気づいていた。それでも関係を切れず、やがて子どもを望むようになった。

理恵には若い頃の病気によって妊娠が難しい事があった。正へ養子を迎えたいと訴えたが、妻にられず続きすることはできない。

その頃、正は美穂を理恵のもとへ連れていく計画を考え始めた。

理由を裏づける資料は、設の古い経理台帳に残っていた。

美穂が失踪した翌から、群馬県内の実しない事現へ毎18万円から25万円が送られていた。名目は仮設宅費や現管理費だったが、最終な受取は理恵だった。

それは止め料であり、美穂の養育費でもあった。

「お父さんは、私がどこにいるかずっとっていたのね」

美穂は送記録を見ながら呟いた。

失踪、美穂は何度か正いた。理恵は父親だけは娘を配していると教え、母親にはらせないことを条件にを許していた。

しかし正から返事が来たことはない。

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「お父さんは、あなたからを受け取っていたの?」

子が尋ねると、美穂は頷いた。

「理恵さんは、所を隠すため自分ですと言っていた。でも、本当に送ったかは分からない」

設の倉庫を調べると、鍵のかかった事務用ロッカーが見つかった。にはテレビの台本、聞記事、捜索チラシの原版とともに、理恵との連絡記録が保管されていた。

《美穂はまだ帰りたがっている》

《学で本当の名きそうになった》

《佐子の聞広告を見せないように》

《今分は25に振り込む》

文面から、正が娘の活を細かく把握していたことが分かった。

さらに1996の記録には、理恵が美穂を返したいと訴えた形跡があった。夜泣きや脱未遂が続き、自分には育てられないといている。

は拒否した。

《今さら戻せば、全員が終わる》

《あの子には、母親が捨てたと言い続けろ》

理恵だけが美穂に執着し、正は仕方なく協力したという話ではなかった。正が、娘の帰宅を止め続けていた。

美穂は何度も文を読み直したあと、ロッカーの扉を閉めた。

「どうして私だったんだろう」

には子どもが美穂しかいなかった。理恵に子どもを与えるためだけなら、の方法を探すこともできたはずだった。

子にも答えられなかった。

その夜、正の自宅に戻ると、弁護士から連絡が入った。

斎の庫をける続きが終わったという。

庫のには、現でも権利でもなく、1通の検査報告が入っていた。

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