"消えた母と2800万円" 第6話
「私をかせてください。娘にはづかないで」
佳代は自分から町をれることを受け入れた。ただし、監の目を逃れたあと、俊へ話し、赤い包の資料を警察へ渡させようとしていた。
彼女は夫がすでに裏切っていることをらなかった。
「なぜ松永さんが母を送ったんですか?」
「私は正に関わっていなかったからです。沢は、佳代さんを岡駅まで送れと命じました。途で逃げても構わないが、松代へ戻れば娘がどうなるか分からないと伝えろと言われました」
松永は佳代を岡駅のくでろした。別れ際、佳代は娘が18歳になると、自分の旧姓をいたを渡した。
《もし私が戻らなかったら、奈緒がになってから本当のことを伝えてください》
だが松永は約束を守れなかった。沢に監され、自分も共犯として扱われることを恐れた。
2005、沢が計を相続したあと、松永は貸庫から通帳を持ちせないと判断し、鉄製の箱ごと壁の奥へ隠した。奈緒へ渡すための封筒も、そのにいた。
「どうして30歳だったんですか?」
「片瀬も沢もを取り、力を失っているとったからです。でも結局、私は自分で渡しにけなかった」
松永はくをげた。
「申し訳ありません。正しいことをしようといながら、誰かが見つけてくれるのを待っただけです」
広告
奈緒は責めることも、許すこともできなかった。松永の臆病さは、父のしたこととは違う。それでも23の空をくした因であることは確かだった。
「母が2004に戻ってきたことはっていますか?」
奈緒が尋ねると、松永は棚から古い菓子箱を取りした。
には、賀状が5枚入っていた。差は《川奈緒》となっていたが、所は毎違っている。
最の1枚は、2019に潟県潟町から送られていた。
裏面には、のにつさな旅館の写真が印刷されていた。
《松永さんへ。あの、駅まで送ってくださったことを今も覚えています。私はまだ、娘に会う勇気がありません》
佳代は、なくとも2まできていた。
潟県潟町は、本からし内陸へ入った所にあるさな町だった。になるとがく、駅の通りにも空き舗が目っていた。
賀状に写っていた旅館は、川沿いにある「見荘」だった。客6の古い宿で、玄関には除用のスコップが何本もてかけられていた。
奈緒が母の写真を見せると、女将の沢田澄は驚かなかった。
「いつか、ご族が来るとっていました」
佳代は19992から見荘で働いていた。川奈緒という名を使い、み込みで帳と会計を担当していた。
戸籍の元確認が必な続きは澄が助け、与の部は現で支払っていた。
広告
当は今ほど本確認が厳しくなく、さな旅館のみ込み従業員なら、事を詳しく聞かれず働ける所もあった。
「母は今、どこにいるんですか?」
澄はすぐに答えず、奈緒を帳の奥にあるさな部へ案内した。机のには古い卓と、几帳面に理された宿泊台帳が置かれていた。
「佳代さんは2に倒れました。今は町内の療養施設にいます」
命に関わる病気ではなかったが、の労と持病によって腰がり、1で活することが難しくなっていた。
佳代は旅館で、自分の過をほとんど話さなかった。ただ毎1225になると、クリームシチューとさな苺のケーキを作り、誰も座らない向かいの席へ取り皿を置いていた。
「娘さんの誕だとっていました」
「違います。クリスマスに緒にべる約束をしていたんです」
奈緒の声は自分でも分かるほど震えていた。
澄は机の引きしから、何通ものをした。宛名はすべて《宮本奈緒様》。所は、奈緒が代にんでいた埼玉のだった。
切は貼られていたが、1通も投函されていない。
最も古いは、失踪から1にかれていた。
《奈緒へ。お母さんはきています。でも、今帰れば、あなたを危険に巻き込むかもしれません》
2004のには、松代駅で会いたいとかれていた。
その封筒だけはなく、実際に投函されたものとわれた。
しかし、それ以のはすべて旅館に残っていた。