"消えた母と2800万円" 第3話
佳代は法律まだ方のままであり、印鑑が本のものか族に確認する必があったためだった。
俊は体調を理由に松代へくことを拒み、代わりに奈緒が確認することになった。
23ぶりに戻った商は、奈緒の記憶よりずっと狭く見えた。母と買い物をした青果も、学帰りにち寄った文具も閉まり、アーケードの根は半分ほど取りされていた。
清計のには、古い商会が災害の現や権利を保管するために設置した共同貸庫があった。1980代に使われなくなったものの、正式な閉鎖記録がなく、壁で隠されたまま忘れられていたという。
奈緒は警察署の面談で、鉄製の箱のを確認した。
最初にてきたのは、母の実印だった。柄の部分にさな傷があり、子どもの頃に見たものと同じだった。
そのには12冊の古い預通帳と、信州みなみ信用庫松代支の資料の鍵が入っていた。通帳の名義はすべて違ったが、取引支は同じだった。
警察官が覧表を差しした。12座を経由した額は、計で1億2000万円を超えていた。
「これを見つけたは、母が正に関与したと考えているんですか?」
「現点では何とも言えません。ただ、宮本佳代さんの印鑑が緒に保管されていたことは事実です」
広告
箱の底にはい封筒があった。
《奈緒が30歳になったら渡してください》
母の名はかれていなかった。奈緒が封を切ると、には1枚の座覧と、い文章が入っていた。
《この座は、宮本佳代が作ったものではない》
《鍵は資料の側3列目》
《付ではなく、受付番号を見てください》
母からのに見えた。しかし奈緒は、すぐに違を覚えた。
佳代は娘の名をく、緒の側をしきくく癖があった。封筒の《奈緒》には、その特徴がない。
をいたのは母ではない。
12冊のうち、最も古い通帳の名義は《宮本奈緒》だった。奈緒と同じ名である。
座設は197867。
奈緒がまれたのは1986だった。母と父が結婚したのも1983であり、1978に《宮本奈緒》という娘はしない。
所欄には、現は取り壊されている営宅が記載されていた。は正15、届印は箱に入っていた佳代の印鑑とは異なっていた。
「同姓同名の別では?」
警察官に言われ、奈緒は古い民記録を調べた。確かにその所には宮本奈緒という齢女性が暮らしていたが、座設のにくなっていた。
くなった預者の名義が、も使われ続けていた。
の11座も同じだった。くなった、町をれた、連絡のないの名義が再利用され、架空の融資や資移に使われていた。
広告
奈緒は信用庫へ、母の当の担当業務と現保管庫の入退記録を確認したいと申し入れた。最初は古い資料が残っていないと言われたが、内部監査の経験を伝えると、保倉庫の記録を調べてもらえることになった。
3、信用庫から連絡が来た。
佳代は失踪当、現保管庫へ度も入っていなかった。
彼女の職員カードには、その権限自体が付与されていなかった。
「では、母はどうやって2800万円を持ちしたことになっているんですか?」
奈緒の質問に、現の担当者は答えられなかった。
失踪当の現確認表には、2800万円のが記載されていた。しかし、翌営業の央庫への報告では、現残は帳簿と致していた。
消えたはずの2800万円は、どこからも補填されていない。
最初から、現など消えていなかったのだ。
奈緒は、当の現確認表に署名した物を捜した。田俊介。母の輩だった男性は、現、県内の介護施設で事務を務めていた。
田は奈緒の顔を見るなり、面談の子からちがった。
「佳代さんに似ていますね」
奈緒が鉄製の箱と通帳の話をすると、田の顔が変わった。彼はいテーブルを見つめ、やがて震えるで鏡をした。
「あの、現は1円もしていませんでした」
「では、なぜ2800万円と報告したんですか?」
「沢支に命令されたんです。3件の良融資を現に組み替え、宮本さんが持ち逃げしたことにしろと」