"金曜日の一冊" 第3話
作業台にはさな歯やネジが並び、直は顕微鏡のようなルーペを目にはめて古い腕計を分解していた。普段のし気の抜けた姿とは違い、指先だけが驚くほど正確にいている。
「そんなに古くても直るんですね」
千紘が聞くと、直は計から目をげた。
「直る物もあります。でも全部ではないです」
「修理さんがそれ言うんですか?」
「直せない物を直せるって言う方がまずいでしょう」
直は、錆びた部品をピンセットで示した。
交換用の部品がなく、代用品を作る費用が計そのものの価値をはるかに超えるもある。それでも依頼が「父の形見だから」と望めば直すことがある方、級計でも持ち主がい入れを失っていれば修理せず放すもいる。
「直せるかどうかと、直したいかどうかは別なんです」
その言葉に、千紘はしだけ胸がざわついた。
自分の婚もそうだったのかもしれない。
最の頃、夫婦関係を修復する方法が本当につもなかったわけではない。カウンセリングへくことも、別居することも来たが、千紘はもう直したいとえなくなっていた。
帰り、直から「藤原さんは、壊れたものって捨てる方ですか」と聞かれた。
千紘はし考えた。
「は修理する方だったといます。でも最は、壊れるにあまり持たないようにしてるかもしれません」
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「物の話ですよね?」
直が笑う。
千紘も笑った。
「応」
そのの夕方、はくの定で初めて緒に事をした。帰宅しても特別な言葉は交わさず、「また」と言ってそれぞれの部へ入った。
ところが翌週。
曜になっても箱が空だった。
千紘はし残にったが、忙しい週もあるのだろうと考えた。
次の曜も空だった。
直の部のには郵便物も溜まっておらず、仕事へけば会えるのかもしれなかったが、千紘はわざわざ確認するのをためらった。
3週目。
やはり箱は空。
廊ですれ違うこともなくなった。
その夜、千紘は初めて自分から307号のチャイムを押そうとした。
しかし指がボタンの数センチで止まった。
の活へ踏み込まない。
必以に聞かない。
それが全だとってきてきた。
千紘は結局、チャイムを押さずに自分の部へ戻った。
翌朝。
ドアをけると、305号のに冊の本が置かれていた。
箱ではない。
自分の玄関。
それは、もう20以に版された写真集だった。
千紘は表を見た瞬、息が止まった。
くなった父が、何度も何度もいていた写真集。
そして元夫に売られたカメラと緒に、千紘がずっと探していた絶版本だった。
写真集のタイトルは『の町、の』だった。
方のさな町を撮り続けた無名にい写真の作品で、発部数もなかったらしい。
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父は若い頃に偶然その写真集を買い、の駅舎や誰もいない商、夕方の台所などを眺めながら、「が写ってなくても、そのがさっきまでいたって分かる写真が好きなんだ」と言っていた。
父がくなったあと、その本は千紘が持っていた。
しかし婚の引っ越しで度紛失し、何探しても見つからなかった。カメラと緒に慎吾が処分したのではないかと疑ったが、それだけは最まで確認できなかった。
千紘は玄関で写真集をいた。
状態は品ではなく、表の角がし擦れている。古で買った物らしく、最初のページにはさく鉛で価格がかれていた。
最のページ。
いが枚挟まっていた。
《藤原さんへ。これ、探していた本じゃないですか。》
千紘はしばらくその文字を見た。
嬉しいより先に、怖さをじた。
自分は直へ、この写真集を探していると話した記憶がない。父のことも、元夫にカメラを売られたことも、詳しく話したことはなかった。
どうしてっているのか。
どこまで自分のことを調べたのか。
千紘は写真集を抱え、そのまま307号のチャイムを押した。
今度はためらわなかった。
数秒。
直がてきた。
髪がし伸びており、首にはいサポーターが巻かれている。
「藤原さん」
「これ、どうしたんですか?」
写真集を見せると、直は「ああ」