"家族席から外された弟" 第10話
「私、お父さんのを継がないかもしれないよ」
「うん」
「音楽の仕事もしないかもしれない」
「うん」
「それでも、今来てよかった?」
「を継ぐ子を応援しに来たんじゃない。澪を見に来た」
娘は顔を背けたが、肩がし震えていた。
帰りのでは、とも会の録音を聞かなかった。澪は窓にもたれて眠り、私はその横顔を見ながら、今ここにいたという事実だけは、結果や将来のにされないのだとった。
父はそののにを退いた。《よし》は兄が規模を半分にして続けることになった。父所の建物については、兄の会社との定期賃貸借契約を結び、賃料、修繕負担、滞納の扱いを文化した。父がくなればを兄へ渡すという単純な遺言ではなく、母の居と活資を優先し、そのの処分は相続で協議する内容になった。
兄は満だったが、追加融資を断られた経験から、署名した。私も父の株式を受け取らず、将来相続が発したは専を入れて話すと確認した。族だけで話せばが勝つのではなく、声のきいが勝つとったからだ。
父の退職祝いは、百のホテル宴会ではなく、実の畳でわれた。父母、兄夫婦、私と澪だけだった。兄と私は必なこと以ほとんど話さなかった。恵理は澪へ学祝いを渡そうとしたが、澪は父母からの物だけを受け取り、彼女には「今はいいです」
広告
と答えた。
誰も澪に許すよう求めなかった。恵理も泣いて謝らなかった。彼女は《よし》の経理を続けながら、兄とは別に自分の座を作り、事業の類へ署名するに税理士へ確認するようになったという。それは改というより、自分を守る学習だった。
卓には、兄が作った鯖の噌煮と、私が持ってきた柚子鶏そぼろが並んだ。鯖は父のよりし甘く、そぼろは《よし》で売っていたものより柚子のりをくした。
父が両方をべ、「同じ、じゃない」と言った。
兄の顔がくなった。私は箸を置き、父の次の言葉を待った。
「それで、いい」
父はく話せないため、それ以説しなかった。兄がどう受け取ったかは分からない。私は、父がようやく自分のを放したのだとった。
退職祝いからか、《さな晩ごはん》は内の診療所に併設されたさな厨へ拠点を移した。診療所が夕方以使っていなかった調理を、改修費の部負担と引き換えに借りる契約だった。からを借りてを構えたのではなく、の実績と収支計画を示し、必な却器だけリースした。
久美子は週勤務になり、たに子育ての調理経験者を雇った。勤務は分単位で記録し、試作は業務に含めた。売が厳しいでも、族だから、仲だからという言葉で無償の仕事を頼まない。
広告
それを守るため、私は自分の報酬を回しにせず、最初から原価へ入れた。
ある、元から取材の依頼が来た。記者は、兄との騒を乗り越えて妻のを守った物語として紹介したいと言った。以なら宣伝になると受けただろう。私は、妻の病気や族の類問題をにしないこと、現の事業と働き方を取材することを条件にした。
「苦労を語った方が読者は共しますよ」と記者は言った。
「苦労はあります。でも、くなった妻を何度も宣伝に働かせたくないんです」
記事はさく掲載され、注文が気に殺到することもなかった。規の客は。そのうちがかも注文を続けた。私は、そのを切にした。
父の還暦祝いから、澪は最の定期演奏会を迎えた。私は客席の央に座り、隣の席をつ空けていた。演直、杖をついた父が母と入ってきた。兄夫婦は来なかった。
父は私の隣へ座ると、さな袋を差しした。には、創業当の帳面ではなく、しい無のノートが入っていた。表に父のの字で、《章平へ。続きをけ》とある。
私は首を振った。「父さんの続きじゃなくて、私の最初からくよ」
父は度考え、ペンをして表の文字をゆっくり線で消した。そのへ、《好きにけ》といた。